閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1193 心得たクラッカー

 時々…まあ月に一回か二回…呑みに行くお店がある。呑み屋の分類には詳しくないんだが、少くとも居酒屋に含まれないことは間違ひない。だからお摘みの品書きはなく、お店のママさんが気紛れに何かを用意してくれる。

 春雨を炒めたの。

 うで玉子のトースト・サンドウィッチ。

 鶏肉を炊いて刻んだ大葉を和へたの。

 さういふのを出してくる。料理を喰はすのが主ではないから、あり合せを工夫してゐて、その手の加へ方が、酒好きの下顎を巧妙に擽つてくる。ママさんの料理好き酒好きが活きてゐるんだな。

 カウンタに坐つて、ハイボールなんぞを含みながら、かういふのを摘み、定聯さんと莫迦話をする。偶にはマイクを握ることもある。それの何が、叉どこが樂いんですと訊かれたら、なんだか判らないけれど、兎に角樂いんだから、仕方ないですよと応じませう。

 某日の夜、そこにふらつと立ち寄つた。呑むのはハイボール。先に出してくれたチョコレイトを摘んでゐたら、ひよいと用意してきたのがクラッカーだつた。ポテトサラドと生ハム、そこにパセリをほんの少し。

 何かとくべつ手を掛けてゐるわけではない。

 なので別格にうまいと云へるわけでもない。

 併し夜も更けた時間、ハイボールをやつつけてゐる目の前に登場したクラッカーが、何とも嬉しく感じたのも確かであつて、心得てゐるなあと感心した。それでその心得具合が、ここの樂みに繋つてゐる…見逃せない要素になつてゐるんだらうなと思つた。かういふお店は案外と多くない。