閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1201 人外魔境と仮面ライダー

 先日、『仮面ライダーオーズ』の映画版を観る機會を得たんです。話には聞いてゐましたが、實にまあ、とんちきでした。ごく簡単に云つて、仮面ライダー御一行さまが、江戸の町に飛ばされてしまふ。その御城下は、八代将軍徳川吉宗の治世で、その吉宗を演じたのが、松平健。頭の螺子が何本か抜けてゐないと、出てくる筈のない發想である。

 江戸の町でのクライマックスで、"貧乏旗本の三男坊、徳田新之助"が、上様の御姿で白馬に乗つて登場した場面は、大笑ひせざるを得なかつた。雑魚といふのか、戰闘員と呼ぶのか、演者の動きが、ライダーアクションから殺陣へ、滑かに切り替つた(上様の峰打ちを受ける位置は、演者たちに大人気だつたさうな)のは、流石に東映の伝統と感心したし、テレビジョンの時代劇と特撮ヒーローものに共通する"御都合主義"は、親和性が高いのだなあと気がついた。

 

 いや劇場版オーズの話ではなかつた。

 テレビ時代劇は大体、江戸の町が舞台です。『水戸黄門』のやうな例もあるが、僅かな例外に構つてはゐられない。京大坂を舞台にした例はあるのか知ら。あつたところで、ごく少からうし、今に續いてゐなければ、無いのと変らない。都市の規模なら、江戸には及ばずとも、六十余州の中でも、最大級と云つていいのに、何故だらう。

 思ふに徳川政権の時代、江戸は日本唯一の"國際都市"だつたからではないか。三百諸侯はそれぞれ半獨立、緩かに藩境を閉ぢ(薩摩のやうに、極度に閉鎖的だつた例外もあるが)てゐて、"統一された日本といふ國家"ではなかつた。たとへば津軽人と日向人は互ひに、"同じ日本人"と考へもしなかつたにちがひない。蝦夷から琉球まで、纏めて"日本"となつたのは、實に明治…廃藩置県以降と考へていい。

 その中で江都だけは…ここではごく単純に、藩主やその家族を、幕府の目が届く範囲に集める政策が、下地になつたと考へておくけれど…、會津武士や伊勢商人越中富山の藥賣りは勿論、播州赤穂の不逞の浪人だつて、受け容れる性格があつた。江戸時代を舞台に、お話を作るとしたら、多種多様な出自の人間が集ふ江戸の町が好都合なのは、その辺りに事情が潜んでゐると思はれる。

 

 そのお蔭で、時代劇世界の江戸の町は、惡人にとつて、まつたく厄介な土地になつた。松平吉宗の『暴れん坊将軍』は享保元年から延享二年…十八世紀初期から中頃の在位。

 そこから半世紀余り経つと、火附盗賊改メ方の長谷川平蔵が登場する。

 更に半世紀ほど過ぎると、遠山の金さんが、櫻吹雪を纏つて姿を見せる。

 なら吉宗時代から百年も遡れば大丈夫だらう、と思ひたくなるけれど、さうは問屋が卸さない。その時代には、"退屈のお殿さま"こと、直参旗本早乙女主水之介がゐる。

 時代ははつきりしない…おそらくは十八世紀中から十九世紀頭に掛けて…けれど、醜い憂世の鬼を退治てくれる桃太郎侍もゐて、『バットマン』のゴッサムシティをヴィランの天國とするなら、時代劇世界の江戸はヴィランにとつて、人外魔境と云つても、過言ではないだらうと思ふですよ、私は。さうすると、仮面ライダーオーズ御一行を、そこに吹つ飛ばしたヴィラン(序でながら演じたのは酒井美紀)は、とんでもない判断ミスをした、としか云へませんねえ。

 

 と、ここまで書いて冒頭に戻ると、上様…松平吉宗が銀幕に姿を現したのは、オーズ映画が最初であり、今のところ、最後でもある。日本が世界に誇る"ケン四天王"の一角…後の三人は高倉健渡辺謙志村けん…なんだから、改めて上様映画を撮つてもいいんではありますまいか。仮面ライダー、本郷猛こと藤岡弘、をゲストに迎へて。

 

 映像が、濃すぎる。