閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1209 思ひこみのライカM6

 これを書いてゐる現在、ライカオンラインストアでの価格を見たら、九十三万五千円となつてゐた。吃驚した。

 ライカM6の値段である。

 ライカM-A(Type127)は九十一万三千円。

 同MP(コレクターズ・アイテムではない方ですからね)が九十四万六千円。

 三機種は外見に微妙な差異があるだけで、内側はまあ、おんなしと云つていい。

 但しM6は多少、位置附けがちがふ。元々は昭和五十九年から平成十四年頃まで、ざつと十七万五千台ほど造られた機種。オンラインストアで賣られてゐるのは、素材やコーティングを見直した復刻版である。復刻に到つたのは令和四年。ニューズで目にした時

 (ライカ社は何を考へてゐるんだらう)

オリジナルのM6が、現行機種だつた頃を知る身には、不思議でならなかつた。当時のM6は、並行輸入品…といふ言葉があつたのです…で、二十万円を超えることはなく、中古のM3やM2の方が、ぐつと高価だつたもの。

 M6に就て粗つぽく註釈を入れておきませうか。製造時期と台数は上に書いたとほり。三対六種のブライトフレイムを持ち、露光計を内藏してゐる。露光計以外の挙動はすべて機械式。製造時期による外観のちがひ、ライカだけではない限定版で、様々なバリエイションが存在する。

 オリジナルが現行機の頃、私の周囲で評価するひとは少かつた。いはく

 M3からM5に到るモデルにくらべれば、造りが惡い。

 シャッター音が騒がしい。

 所詮は實用物に過ぎない。

何を云つてゐるのか、解らないでせう。それでいいんです。一応、附け加へると、造りに関しては、辛うじて同意を示していい。併しメインテナンスをされてゐないM3やM2より、動作音はぐつと静かだし、何よりライカは冩眞機である。實用物は寧ろ、褒め言葉ぢやあないかなあ、と思つてゐた。

 造りだした当初は確かに、社内なのか、工場の事情なのか知らないが、外観にはぱらつきが見られる。銘がLEITZからLEICAになり、軍艦部のWetzlar表記がなくなり(これにはある時期、製造拠点がSolmsに移つた事情がある。但しどんなわけだか、Solmsの名前は軍艦部に刻まれなかつた)、黑と銀のパーツが混つた個体群もあつた。遡つたM4-2の頃ほどではないにせよ、混乱があつたのだな、きつと。

 併し賣れた。最終的に製造は安定し、M3に次ぐ程度までの實績…製造期間はM3を凌ぎ、台数は僅かに及ばない…を残したのだから、さう断じていいと思ふ。当時で云へば

 「(並行品なら)適当に高価で、實用と信頼に足る一台」

なのがM6であつた。曖昧な記憶の分は差し引きしてもらひたいが、ニコンのF4やキヤノンのEOS-1と、大して変らない値段だつた気がする。

 かく云ふ私も短期間、持つてゐた。知人から廉に譲り受けたブラック・クローム。50ミリ・ズミクロンを附け、喜んで持ち出したのはいいが、何とも使ひにくかつた印象がある。当時は(實は今もその傾向は残つてゐる)使ひにくい機械は、機械が惡いのだと考へて、友人に矢張り廉で譲つた。今にして思へば、距離計聯動機に不馴れだつたからと判るから、惜しいことをしたと云へなくもない。

 思ひだしながら、その頃のM6には、資産的な価値が丸でなかつたらしい、と気がついた。新品でも中古でも

 「買つて賣つてを安直に(他のモデルを考へれば比較的に)出來た、殆ど唯一のM型ライカ

詰り"たかがM6"ではなかつたらうか。さういふ印象が、あの機種には強くあつたし、今だつてある。

 それがあれこれ見直して、復刻さして九十三万五千円。商ひになる…支持されるだらう…と踏んだから、ライカ社も實行に移したのは、判らなくもないが、どうも違和感は残る。第一その九十何万だかは、本体だけの値段である。レンズを含めれば、百五十万円くらゐにはなりさうで(ソヴェトのL39ねぢマウント・レンズをなんぞを附けたら、四方八方から責め立てられるにちがひないね)、"たかがM6"に、そんなお金を遣へるひとが、世界に何人ゐるものやら。

 

 まあどこかの篤志家が、丸太くん使ひ玉へよと、譲つてくれるなら、勿論拒む積りはないから、最後にそこは強調しておかうとも思ふ。