閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1218 薔薇いろの一ぱい

 どんな弾みでそうなるのか、自分でもよく判らないが、ロゼの葡萄酒を呑みたいと思うことがある。現物をどこかに片附けて、確められないから、記憶で云うと、フランスでピクニックに誘われた伊丹十三が、レヴァ・ペーストを塗った麺麭(きっとバケットだな)と、ロゼの半壜だか小壜だかを持って出掛けるくだりがあった。初讀の頃、葡萄酒にロゼなんてあるのを知らなかったから、奇異に感じたのを覚えている。

 

 こう書いて、併しそもそも私は、ロゼの醸し方を知らないと気がついた。そこでメルシャンの、[これでバッチリ! ワインの基礎知識]に目を通した。下記から引用しますよ。

 

<一般的に、赤ワイン同様に黒ブドウの果汁を使用し、発酵途中で果皮を取り出します。これによって、赤と白の中間色のワインに仕上がるのです>

 

https://www.kirin.co.jp/alcohol/wine/wine_academy/knowledge/kind/rose.html

 

 成る程。

 後半にはイレギュラーと思える醸造法も載っているが、基本は上の通り、赤の製法から派生したと思える。

 ではロゼと呼ばれる葡萄酒はいつ頃、成り立ったのか。

 さっぱり判らない。葡萄酒じたいの成り立ちが、早くてもホメロスまで遡れるくらいには古いのだから、曖昧なのは寧ろ当然といっていい。偶然の機會に出來てしまったけれど、これはこれで、美味いじゃあないかとなって、洗練されてきたに決っている。

 

 尤も我が國で見掛けるのは、稀ですね。葡萄酒を主に扱うバーでも、置いていないことが多い。たれも呑まないんですよと云われた経験もあるから、賣れないのだろう、多分。

 何せ葡萄酒は食中酒である。赤なら家禽、白は魚介といった定型のイメージが、ロゼには無い。レヴァ・ペーストを塗った麺麭を用意すればいいのに、と思わなくもないが、伊丹曰く、あれが成り立つのは、フランスの麺麭が桁外れに旨いからだそうで、そう断ぜられると、異論は云いにくい。かれがピクニックに興じたのが、半世紀余り以前だと思えば、令和の日本なら或は、と期待したくはなるけれども。

 

 併し春の聲が耳を打つ時期には、花を愛でに出掛けたくなるし、そこに麦酒は似合わない。お酒なら適しそうな気はしても、瓢箪でなければ、狸が持っていそうな大徳利に洒落た酒器、お重に詰めた巻き寿司と佃煮、小芋の煮ころがしなんぞが慾しくなり、面倒な感じもする。それより葡萄酒にサーディンのサンドウィッチ、賑かな…伊丹風に"ニソワース"と呼ぼうか…サラドとチーズ。これくらいで、お晝のかるい食事は成り立つから、お酒とお重より余程かろやかでいい。こういう時こそ、赤より白より、ロゼの薔薇いろが似つかわしく思うのだが、気障に過ぎる態度と笑われるだろうか。