令和七年如月二日。
スターダム、クマ・コントラ・クマ。
コグマ対八神蘭柰。
正確には、忘れ難くなるだろう試合の話。
スターダムから何人もの撰手が退団し、マリーゴールドとして分裂したのが、ざっと一年前。トップランカーだったジュリアや林下詩美が抜けて、どうなるかと思ったが、どっこい、スターダムはすごいタフネスを見せた。
刀羅ナツコ、上谷沙弥。
鈴季すず、AZMパイセン、スターライトキッド。
撰手層の分厚さと、十年余りの實積が、こっちが不安に感じていた以上に、団体の屋台骨を頑丈にしていたのだな。大したものである。
そのスターダムは、幾つかのユニットに分かれている。この稿のふたりの主役、コグマは岩谷を中心とするSTARSに、八神は朱里率いるGod's Eyeに属す。前者は徹頭徹尾のベビーフェイス、後者はシリアスなスタイルを得意とする。
プロレスラーには、格闘者の面と、演技者の面の双方が求められる。そのバランスは中々に六つかしい。八神はどちらかと云うと、前者寄りのキャラクタ。それが惡いとは云わないけれど、どうもコグマは、それが気に入らないらしい。
「クマー!」
両の拳を頭にあてるポーズを、何とか八神にやらせたい。一方でシリアスを旨とするGod's Eyeの八神としては、何としても拒み、叉拒み續けたい。
決着をつけましょう。
それがクマ・コントラ・クマである。
八神が勝てば、コグマは"クマー!"を求られなくなる。
コグマが勝てば、八神は全力の"クマー!"を披露する。
うーむ、何てすごいルールだ。
死闘の匂いがぷんぷんしやがるぜ。
試合当日、リングサイドには、STARSとGod's Eyeの面々がセコンドについた。この様子だけで、クマ・コントラ・クマが双方のユニットにとって、如何に重いものなのか、理解出來る。プロレスのあるべき、ひとつの姿だなあ。
ここで我われは、コグマというプロレスラーが、打投極を満遍なくこなす、第一級の實力の持ち主なのを、思い出さねばならない。
スリーパー・ホールドを決めた相手を振り回すパワー。
コーナーのトップからリング中央まで飛ぶ度胸。
ラリアットをまともに喰らって立ち上がるタフネス。
更に固められそうなところを、一気に切り返す閃きまで兼ね持ち、オーソドックスとトリッキーを自在に行き來する。安易に使いたくはない"天才(的)"という言葉が、こんなに似合う撰手も、そうは見当らない。
対する八神のキャリアは一年と少し。伸び代はたっぷりあるにせよ、コグマと張り合うにはまだ、足りない部分が多いと云わざるを得ない。クマを賭けた一戰の行方や如何に。
細かく"クマー!"の罠を仕掛けるコグマ。
それを両腕の大きく✕で拒否する八神。
緊迫感のある序盤から、打撃の攻防を経た試合は、十一分に及び、コグマのダイビング・ボディプレス(素晴しい飛距離を見せた)で、決着に到った。
いや決着ではない。この戰いは、クマ・コントラ・クマである。完璧なフォール敗けを喫した八神がマイクを持つ。
「God's Eyeに、八神蘭柰に二言はありません」
「コグマさん。この満員のホールで、最高の"クマ・コール"をお願いします」
大拍手と大歓聲と"最高のクマ・コール"の中、八神が見せた最高の笑顔の"クマー!"こそ、クライマックス。ナイスクマー!と煽るSTARSの羽南、倒れ込み頭を抱える朱里。クマを賭けた激闘は遂に幕を下ろした。
併し、終りではない。
八神は高々と、これが最後の"クマー!"であり、コグマには二度と敗けないと宣言した。クマを巡る戰いは、次のステージに移ったのである。
この試合を観た私は、最初から最後まで、手を拍ち、笑い續けた。念を押すと、コミカルなショウ・プロレスだったからではない。その要素が鏤められていたのは事實だけれど、わかく未熟で、ともすれば生眞面目一辺倒に陥りかねない感のあった八神を存分に受けとめ、異なる味わいを引き出しつつ、自分のスタイルで試合をしたコグマのプロレスに感心したんである。
さてそろそろコグマには、朱里とのシングルマッチを期待したい。仮に橋本千紘とやりあった時のような朱里(この試合に就ては、機會を改めてきっと取りあげる)を相手にしても、彼女の柔軟な対応力なら、きつと忘れ難い試合にしてくれると、私は確信している。