閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1231 曖昧映画館~沈黙の戦艦

 云つては何だが、スティーブン・セガールは、随分な大根役者である。どの映画で、どんな役を演じても、スティーブン・セガールでしかないのだから。何を演つても本人のままといふ点では、ロバート・デ・ニーロもさうなのだが、かれの場合、与へられた六つかしい役柄を完全にこなし、"これだけ出來る、すごい俺さま"を見せつける。セガールの及ばない上位互換と云つてよく…デ・ニーロの話ではなかつた。

 

 この映画でセガールが演じるケイシー・ライバックは、退役を控へた航海中の戰艦のコック。艦長の引き立てがあつたらしい。そして副長の中佐とは、ひどく仲が惡い。

 艦内では艦長の誕生日を、サプライズで祝ふ準備を進めてゐる。ライバックと同僚と部下は張り切つて、艦長気に入りのソップを大きな鍋で用意をしてゐる。そこに乗り込んだ副長と部下が、屁理窟にもならない云ひ掛かりを附け、ライバックを冷凍庫に叩き込んでしまふ。

 その頃、艦には、パーティを彩るロックバンドが、お祝ひの巨大なケーキの函と共に到着した。バンドのリーダーを演じるのはトミー・リー・ジョーンズ。ティアドロップ型のサングラスが、何とも云へず胡散臭げである。

 

 さて。この手の映画は、種を明かしたつて、別にたれも困らない。だから安心して書きますよ。

 トミー・リー・ジョーンズとそのバンドは、艦に載せてゐる核ミサイルを奪ひ、賣り払はうと企むテロリストだつた。そのテロリストが簡単に乗艦出來たのは、中佐が一味だつたからで、艦長を射殺した後、浮れ気分の艦を、殆ど一気にほぼ制圧する。艦橋を抑へたトミー・リー・ジョーンズ御一行は、買ひ手を悠然と待つ。

 一方で冷凍肉にされかけたセガール…ライバックは、何とかかとか外に出ることに成功した。併し艦内の様子がをかしい。気づいたコックは、行動に出る。ライバックは一介のコックではなかつた。元特殊部隊の一員。詰らない事情で当時の上司をぶん殴り、危ふひ立場になつたところを、艦長に救はれた過去があつた。

 

 ね。莫迦ばかしいでせう。

 後はヒロインが足りない。

 安心なさい。テロリストが持ち込んだ巨大なケーキはダミーで、そこに隠れてゐた美人…プレイボーイ誌のミス・ジュライが、都合よく味方になる。艦内に散在してゐた乗員と共に、特殊部隊の経験と實力を發揮したライバックは、テロリストをひとり、叉ひとりと退治してゆく。念を押すまでもなく、核は賣り飛ばされず、テロリストは全滅する。当り前である。誇り高いU.S.A.の海軍が、テロに屈するものか。

 うーむ、陳腐な筋立てだなあ。

 私もさう思ふ。併し陳腐と詰らないが、必ずしも直線で結ばれるわけではない。ハリウッド風のアクションとは毛色が異るセガールの体捌き(印象で云へば、往年の香港カンフー映画に近い)は、観てゐて樂めるし、トミー・リー・ジョーンズ(途中で見せた、似非半気違ひの演技は、二重の意味で大した出來だつた)は、そのアクションによく対峙してもゐた。陳腐も突き詰れば、立派な娯樂になると證明と云つていい。たとへば以前に[曖昧映画館]でも取り上げた『ダイ・ハード』は、この映画と酷似した構成だつた。この映画の公開は、『ダイ・ハード』の四年後だから、順序を誤つてはいけないけれど。

 

 では『ダイ・ハード』で、ブルース・ウィリスが演じたマクレーンと、『沈黙の戦艦』のライバックは何がちがつてゐたのだらう。前者が刑事、後者はコックを装つた(元)特殊部隊員だつた、といふ話ではない。マクレーンは勇気と臆病さを共に持ち、事件に巻き込まれた自分の運命を呪ひもするけれど、ライバックにさういふ凡人の気配は感じられない。徹頭徹尾、一点の曇りも戸惑ひも脆さもない、完璧なヒーローとして描かれる。但しここで云ふ完璧さは、典型や退屈と紙一重であつて、同じ"閉ざされた空間"を舞台にしたこの映画が『ダイ・ハード』に及ばなかつた理由は、主役…主役を演じた俳優の力量の差ではなかつたか。

 

 とは云つても、なーんにも頭を働かさないで、ひたすら強いセガールを眺められるこの映画、私はたいへんに好きなんである。