四半世紀くらゐ前、仕事の都合で三ヶ月くらゐを、沖縄本島で過した。島辣韮を摘みに泡盛を何杯も呑み、じゆーしー(鹿尾菜の混ぜごはん)や、ぐるくんの天麩羅に頬を綻ばせ、那覇の屋台で啜つた醤油ラーメンのまづさ(私はラーメンに特段の思ひいれを持たない男だが、積極的にまづいと思つた一ぱいは、今のところこの時だけである)も樂んだ。とはいふものの、私にとつて一ばん印象深いのが何かと云ふなら、矢張り沖縄そばに止めを刺す。
初めては、那覇空港内の食堂。じゆーしーのおにぎりがセットだつたと記憶してゐる。同行の先輩は沖縄そばの経験があつたらしく、自慢さうに
「紅生姜を乗つけて、こーれーぐすを垂し玉へ」
さう教へてくれた。それから、こーれーぐすはたいへん辛いから、用心し玉へとつけ加へた。かういふ時は、経験者の忠言を聴くのが吉だと、当時から私は知つてゐたから、最初の一口二口はそのままで確め、後は紅生姜とこーれーぐすを入れて、すつくり食べきつた。啜りながら
(何だか物足りない気がするなあ)
と思つた。要するに醤油の味はひが足りなかつたのを、さう感じたらしい。
沖縄市の安ホテルで一泊した翌日、仕事場…雑居ビルだつたのだが…に行つた。お晝に何を食べるかと考へてゐたら、お辨當賣りの車が停つてゐて、それを贖つた。混ぜごはんの上に揚げものや煮ものを乗せたのを、マーケットのお惣菜を入れるやうな器れものに詰め、三百円くらゐだつたと思ふ。
「小さいのしか、残つてなくて、ごめんなさいねえ」
お辨當賣りの小母さんが、 申し訳なささうな口調で云ひながら、大きな紙コップの烏龍茶までおまけに附けてくれて、びつくりした。これが沖縄流儀かと思ひつつ、これで商賣になるのか知らと心配になつた。
休みの日、近所…と云つても、自転車で十分とか十五分くらゐの距離にある飯屋に行つてみた。その時点でポーク玉子(薄く切つたポーク・ランチョンミートを炒めたのと、同じくらゐの厚さにした玉子焼きに、"ハインツ"のケチャップをかけたやつ)が旨いのは知つてゐたから
「ポーク玉子定食、それからオリオンをください」
と註文した。オリオンは中壜。沖縄の空気…気温とか湿気とかにオリオン・ビールはよく似合ふ。清酒や濁酒や焼酎や葡萄酒と同じく、麦酒だつて、土地によつて適ふあはないがあるものなのだ。
さて。後を追つて出てきたポーク玉子定食。お皿にポーク玉子と千切りのキヤベツ。少しのお漬もの。鹿尾菜か何かの小鉢。ここまではいいとして、お味噌汁がついてくる筈のお椀に、沖縄そばが入つてゐたから、ちよいと驚いた。
「内地のひとが來たから、サービスしませう」
などと考へた気配はなく(私が發した註文の聲だけで、判断出來たとは思へない。見馴れない顔なのは確かだつたけれども)、詰りその飯屋では、お椀ものと沖縄そばが同じ、でなくとも近い扱ひだつたことになる。
沖縄そばは蕎麦粉を使はない。だつたら法律的に蕎麦呼びは如何なのか、と案じるひとの為に云ふと、沖縄そばにはさう称する條件があるから、安心なさい。いや待てよ、カップ麺もあつたが、あれは條件を満たしてゐたのか、それとも沖縄そば"風"だつたのか。
厳密は横に措いて。
鰹節で出汁を取り、塩で味つけたソップに刻み葱。
私の感じた沖縄そばの基本はさういふ形。前段の飯屋で汁椀代りに出たのもさうだつた。そこにソーキだの何だのが乗つて、何々そばと品書きに載せられる。一体に基本の沖縄そばは淡泊で、上に乗せる具、紅生姜とこーれーぐすで、好みに調へるのが、原則だつたと思ふ。
ところで沖縄市駐在の間は、まつたくよく呑んだ。オリオンを一ぱいか二杯、引つ掛けて泡盛に移り、午后九時くらゐから、日附けが変つても呑んだ。それから仕事場に行き、八時間ほど働くふりをして、叉呑んだ。当然宿醉ふ。宿醉つてゐるのか、醉ひ續けてゐるのか、曖昧になつて、さういふ晝に啜る沖縄そばは、實に有難かつた。
野菜そばをよく覚えてゐる。野菜炒めをどつさり乗つけたやつ。野菜炒めなのに、刻んだポーク・ランチョンミート、それから硬いお豆腐がたつぷり入つて
(これは変形の肉野菜炒めぢやあないか知ら)
と思つた。端つこに紅生姜を入れ、こーれーぐすを少しづつ垂らしながら食べると、淡泊な塩味と混つて、なだらかに宿醉ひの頭と胃袋へと辿りついた。呑みすぎた翌日に、麺料理が有難いのは、当時でも既に知つてゐたが、この野菜そばほど、嬉しい一ぱいは記憶に無い。伊丹十三がどこかに
「宿醉ひの日には、さつぱりして、適度に脂つこく、冷たい麺料理」
が望ましいと書いてゐて(手元で確認出來ないから、記憶ちがひの可能性はある)、あの才人はよく解つてゐる。そこは認めつつ、熱い野菜そばだつて、まつたく見劣りしない。
短い駐沖の後、東都で沖縄そばを食べさせるお店を見掛けた。立ち寄つて一ぱい註文したら、ひどくまづくて驚いた。あの麺料理は、饂飩や蕎麦よりも遥かにつよく、沖縄の風と土と太陽に密着してゐるらしい。以來私は、あの頃に買つた旅行案内の頁を偶に捲りつつ、あの島のどこかで、呑みすぎた翌日、野菜そばを啜る日を懐かしみ、叉望んでゐる。