閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1237 あぶない取説

 棚の奥にですね、↓があつたわけですよ。

 京セラが出してゐた、CONTAX RXの取扱説明書…まあ、見てのとほりです。

 平成初期、令和七年から遡つて、ざつと卅年前の機種。おれも齢をとつたなあと感慨深く、視線を遠くに向けてから、不意に気がついた。この取説はいつ、手元にきたのだらう。

 手に入れたことは、確かにある。現行品の頃、EOS 5からの乗り換へだつた。前年に出たリコーのXR-8を衝動買ひして(新品を衝動買ひ出來るくらゐ、廉価だつた)、マニュアル・フォーカスが面白く感じたからと記憶がある。一緒に贖入した五十ミリ・プラナーが、化物のやうに冩つた記憶も。

 

 ※プラナーの名誉の為に云ふと、私の腕がどうかうの意味ではまつたく、ありませんよ。あくまでもツァイスが凄かつたといふこと。さう云へば、ハッセルブラッドSWCのビオゴンも叉、化物レンズだつた。

 

 とは云ふものの、私がRXとプラナーを手に入れ、叉手放したのは、大坂在住の頃だから、東都の陋屋に取説だけ、転がつてゐるのは、辻褄があはない。不思議だなあ。

 RXに就て少し、触れておきませうか。

 要するに自動露光が使へるマニュアル・フォーカス一眼レフである。167MT以降、京セラ自慢のABC…Auto Bracketing Control、段階露光を自動的に制禦する機能…は搭載されてゐたが、ポジフヰルムで厳密を期すと考へない限り、實用性は高くなかつた。

 もうひとつ、この機種で初めて採用された、フォーカスエイドがあつた。カタカナだと判りにくいが、ピントの位置のずれを、被冩界深度を含め、表示さす機能のことで、取説ではデジタル・フォーカス・インジケータと呼んでゐた。

 

 「正確なピント合せをお手伝ひさしてもらひます。ツァイスの味はひを、樂んだつてくださいな」

 「正確なピント合せをお手伝ひさしてもらひます。ツァイスをきつちり、つこてもらひませうか」

 

 京セラの目論見がどつちだつたか、今さら判らない。併しXR-8で、マニュアル・フォーカスは面白いと気がつきつつ、ピント合せに自信を持てなかつた私にとつて、魅力的な謳ひ文句だつたのは間違ひない。今にして思ふと、EOS 5を手放したのは失敗だつたけれども。

 失敗りの話は、横に措かう。兎に角さういふ事情で、RXを贖つたのは事實として、東都で再度、贖ひはしなかつた筈なんです。ここが問題。そもそも私には、必要に迫られなければ、取説を讀まない癖がある。従つて取説だけを手に入れるなんてことはしない。その筈なんです。

 

 なのに、ある。

 不思議だなあ。

 

 何か忘れてゐるにちがひないし、思ひだしてもどうせ、詰らない理由に決まつてゐる。記憶の棚を引つ繰り返すのは、止めにしておくのが、ここはまあ無難でせうね。それでこの小さな冊子を掘り出した時、最初に浮んだのは

 「RXがいつ、戻つてきても、大丈夫だな」

といふことだつた。何を云つてゐるか、判らないでせう。私もよく判らない。CONTAXZeissに特別の思ひいれがあるなら(たとへば『カメラバカにつける薬』の"ツァイス信者"のやうな)兎も角、RXを早々に持てあました私だもの。なーにがいつ戻つてもだ、と自分に突つ込みたくなる。

 

 併し用心はするに越したことはない。

 リコーのGRデジタルⅡで経験済みの話をすると

 ・アクセサリなどの細々した物は手放すと、改めて手に入れるのが、おそろしく六つかしい。

 ※今もひつそり、テレ・コンヴァータは探してゐる。

 ・アクセサリなどの細々した物を残しておくと、本体を再び呼びこむ切つ掛けになつてしまふ。

 上の二点ははつきりしてゐて、いやGRデジタルⅡは手放した後も、もつぺん慾しいなとは思つてゐたのだが、さうではないRXでも、同じ事象が發生しない保證はないでせう。マクロ・プラナー(等倍ではない、小さな方)を附ければ、大抵は撮るのに不便は出なからうし、さういふ時にこの取説があつたら、戸惑はずにも済む。あぶない、あぶない。

 

 さういふ聯想が一ばん、あぶないのかも知れないけれど。