閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1240 醉狂なペンS

 この稿で云ふペンは、嘗てオリンパスが出してゐた、銀塩且つハーフサイズの銘ですからね、念の為。これはレンズ固着の系統、一眼レフのF系統(F/FT/FV、イレギュラーのFB)に大別出來、前者は更にオリジナルから、簡単操作に特化したEE系と、大口径レンズを奢つたD系に分岐する。

 殆どの機種は、昭和卅四年から四十三年にかけての發賣。日本のカメラ史で云ふ、"ハーフサイズ・ブーム"と重なる…といふより、ペンの流行(と衰退)こそ、ハーフサイズの歴史と考へる方が、實態に近いと思ふ。詳しいことは、ハーフサイズ・カメラ史の専門家に任せたい。任せますよ。

 ペンに戻りませう。オリジナルの銘は、後ろになんにも附かない、ただのペンだつた。後に續けられる名前ではなかつたから、オリンパスは当初、そこまで賣れるとは考へなかつたらしい。さうだらうね、元は新人技術者に与へた課題の成果に過ぎなかつたもの。

 併し、賣れた。だからレンズをちよいと明るくし、シャッターを改良したペンS、ペンSのレンズだけをオリジナルに戻したペンS3.5が續き、広角レンズを採用したペンWまで派生したんである。青年技術者の得意と困惑、思ふべし。

 目測で縦位置。

 露光計未搭載。

 全機械式制禦。

 オリジナルとその直系は、すべて同じである。被冩界深度を考へたら、三メートルくらゐのピント位置で、どうにかなる。露光の方も、ASA100か200のフヰルムで、函に書かれた目安を参考にすれば、大外しの心配は少からう。

 さう考へると、ペンのオリジナル系統は、たいへんよく出來た機種群と云つていい。唯一の問題は、当時のフヰルムだと、大きな引伸しには難があつたことだが、この責がオリンパスにも、設計者にもないのは勿論である。忸怩たる思ひといふやつは、あつたかも知れないなあ。

 過去に二度、買つた。平成のフヰルムを使つたから、冩りに取り立てて不満は感じなかつた。部品を減らす…詰り製造の費用を抑へる工夫を重ねた設計で、たつたひとつ、お金を掛けたのが、この三群四枚のDズイコーだつたといふ。文句が出ないのも、当り前といふべきか。

 今でも偶に慾しいと思ふことがある。ペンSか同S3.5のどちらか。がらくた函のどこかに、サードパーティ製のフードとフヰルタが転がつてゐる筈で、細々したアクセサリを探して附けたい。ものの本によると、ペンのアクセサリは、意外なくらゐ、用意されてゐた。各種のフードやフヰルタ。フラッシュバルブ装置。接冩用のアタッチメントや複冩用のスタンド。さらには顕微鏡に取りつけるアダプタ(念を押すまでもなく、オリンパス…高千穂光學は元々、顕微鏡で名を馳せた會社)まであつたらしい。

 この種類の多さは、本体で出來ることは限られてゐると、逆説的に證明してゐて、初期のライカ聯想させる。とは云ふもののペンは、F系統を例外にすると、位置附けは"ご家族カメラ"である。そこまでする必要があつたらうか。私のやうな後年の数寄ものを、喜ばす積りでなかつたのはまあ、当然として、当時のユーザ…ご家庭で記念冩眞を担当しただらうお父さん方…に受けたとは思へない。何しろ上に挙げたアクセサリ群を、中古市場でただの一ぺんも、目にした記憶がないくらゐだから、きつと賣れなかつたのだ。ライカの膨大なアクセサリ群を意識して、ハーフサイズのシステムを作りたかつたのかと、想像は出来るけれど。

 なので探したい"細々したアクセサリ"は、(所謂)純正品を指すのではない。ストラップであり、キャップであり、もしかすると距離計や単獨の露光計、卓上用の三脚、叉それらを纏められるケイス乃至ポーチ或はバッグのことを云ふので、我ながら醉狂な物慾だと思ふ。併しかういふセットに、卅六枚撮りのフヰルムを一本詰めておけば、一泊か二泊の呑み歩きながらの撮影散歩に、恰好ではないだらうか。