閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1241 醉狂なペンF

 前回の續きである。

 併し仮にペンSを入手する機會に恵まれたとして、私のことだからどうせ、ペンFが慾しくなるに決つてゐる。知る限り、ハーフサイズで、レンズ交換の可能な一眼レフは、ペンF以外に造られてゐない。

 その前回、少し触れたことを繰り返すと、ペンF系統には初代、露光計とセルフタイマーを載せたFT、そのFTから露光計を省いたFVの三機種がある。正確にはもうひとつ、FBもあるが、これは一般に販賣されなかつた。どうやらFTをベースにした改造機でもあるらしい。系統図からはみ出てゐると云つても、異論は出にくからう。

 人気があるのはFTらしい。三機の中で、最も完成されてゐるのは確かだから、一応は納得出來る。併し私が好むのは初代のペンFなんである。後継機では、セルフタイマーのレヴァがある場所(あのレヴァはどうも脆さうで、スタイルを崩してゐると感じられる)に刻まれた、花文字のFがいい。

 ああ、さうだ。ペンFの一族は、縦位置のハーフサイズを一眼レフ化する為、プリズムが獨特の構造になつてゐる。その所為で、一眼レフのイコンとも云へるペンタ部が無い。細かい説明は面倒だから触れないが、見た目はEVFを省略したミラーレス機のやうで、實際さうもなつた。令和の目には却つて、モダーンと云へさうなのだらうな。

 平成のある時期、初代のペンFを使つたことがある。その頃の私のことだから、勢ひまかせだつたにちがひない。標準…所謂 五十ミリ前後のレンズ附き。使つて最初に

 (ハーフサイズのくせに、大きいし、重たいし、序でにうるさいなあ)

と思つた。当時は今ほど、大きさや重さに対して批判的ではなかつたのに、さう感じたのだから、余程だつたのか…それで調べると、ペンFの重さは、ざつと四百七十グラム。デジタル版のペンFは、およそ四百三十グラム。附けるレンズ次第としても、フォーマットを考へれば、矢張り数字で見るより重いと云つていい。

 当り前である。初代ペンFの發賣は昭和卅八年。プラスチックを積極的に用ゐる技法は無く(端緒は昭和五十一年のキヤノンAE-1ではなかつたか)、何もかもが金属仕立てなのだから、軽くするにしても限度がある。併し私としては、決して持ちにくくなかつた点に、注意を払ひたい。数字が示す重さと、体感の重さにはちがひがある。成る程

 (重さの振り分けに、気を配つたのだな)

撮り歩きながら、納得した記憶がある。尤もペンFのレンズ群で使つたのは、上の標準レンズ一本きりだから、誤つた印象の可能性は残つてゐる。更に云へば、構造からだらう、アシンメトリな分、右手で握り易く、親指で行ふ二回巻き上げには、リズミカルな感触があつた。要するに、重さを差引きしても、気に入つたことになる。

 ふと改めて使つてみたいと思ふことがある。前回も触れたけれど、ペンFにもペンS同様、色々のアクセサリが用意されてゐた。上から覗きこむ為のファインダ。接冩用の中間リング。ベローズ(使ふひとが、ゐたのか知ら)まであつた。

 「一眼レフとはいへ、ハーフサイズといふ小さなフォーマットだから、十全な撮影に用ゐる為には必要である」

 と考へたのだらう。實用性は横に措いて、かういふ細々したのが手元にあれば、樂めるのは間違ひない。中でも驚いたのは、マウントアダプタで、それもOM一眼レフ用のズイコーだけでなく、他社製レンズ用のもあつたといふから、この点に限るなら、ペンFはハーフサイズのアルパ…いちいちは云はないが、かなりヘンタイな仕様(褒め言葉)の機種があつたのだ…と見立てられなくもない。

 たとへばそのアダプタを使つて、OMズイコーの21ミリ(暗い方)なんかを附けたら、間違ひなく、オリンパス使ひのヴェテランを気取れる。OMマウント互換の、サードパーティ製レンズなら、捻ねものを気取れる。他社製レンズ向けのアダプタなら、複雑怪奇な組合せも出來るだらうが、ペンFに似合ひの使ひ方とは云ひにくい。實行しても

 「醉狂を通り過ぎて、組合せることだけが目的の、惡趣味な態度ぢやあないか」

きつと謗られる。それはこまる。

 阿房な眞似には目を瞑り、仮に今からペンFを手に入れるなら、38ミリ・マクロレンズと、単獨の露光計を載せる為の外附けのアクセサリ・シューを揃へたい。たれだつたか、このマクロを附けたペンF(FTだつたかも知れない)のファインダを覗きこんで、目が眩む思ひがした、と書いてゐたのが記憶の隅に残つてゐて、追体験したい気分がある。クラッシックな三脚を立て、盛りを迎へる花を、一枚一枚、丹念に冩したら、古老の心持ちを満喫出來るにちがひない。