閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1243 サンドウィッチは賑やかに

 思ひ浮んだのを挙げる。

 

 うで玉子

 薄焼き玉子

 ハム

 チーズ

 レタース

 ベーコン

 目玉焼き

 スクランブルド・エグス

 コンビーフ

 輪切りのトマト

 薄切りの胡瓜

 千切りのキヤベツ

 微塵切りの玉葱

 

 或は壜詰めの鶏そぼろやツナ罐

 叉はマーケットのコロッケにハムカツにハンバーグ

 更に(たとへば残りものの)カレー

 

 マヨネィーズ

 ウスターソース

 ケチャップ

 マスタード乃至チリーソース

 

 念の為、何に就て、思ひ浮んたのかを云ふと、サンドウィッチ…正確を期すなら、家で気らくに用意出來さうな、サンドウィッチの種である。ローストビーフやレヴァのペーストを挙げなかつたのは、さういふ事情と解釈してもらひたい。

 

 食パン派である。八枚切りを私は好むが、六枚切りでも四枚切りでも、或は"サンドウィッチ用"と銘打たれた薄いやつでも、撰ぶのは勝手気儘で宜しい。

 トースト派である。二枚。挟む具によつては一緒に焼く。たとへばチーズとハム。マヨネィーズも焼く方がうまいと思ふ。まあ、お好み次第といふところ。

 耳は落さない派である。特に玉子を使ふ場合、その器を拭ふ(その後、食べるのは当然のこと)のに丁度いい。落した耳を、別の一品にしてもいいけれど。

 切る時は三角派である。母親が作つてくれたサンドウィッチがさうだつたから、といふ以上の理由はない。長方形に切るより、摘みやすいのではとも思ふ。

 

 気儘な(おやつに近い)かるい食事。

 珈琲にも紅茶にも、麦酒にも適ふ。

 その気になれば、幾らでも凝れる。

 

 どうも私はサンドウィッチを、さう捉へてゐるらしい。

 尤も属する派閥外の形式だつて、受入れに抵抗はない。

 

 特別急行列車で、罐麦酒と一緒にやつつけるローストビーフや、とんかつのサンドウィッチときたら、値段は一人前なのに何とも安つぽく、その安つぽさが何ともうまい。

 仕事の日の朝、ぱたぱたした挙げ句、コンビニエンス・ストアで買つた玉子とツナのサンドウィッチに、罐珈琲を組合せても、具体的なところは措きつつ、何ともうまい。

 コーヒーショップで、讀みかけの文庫本に目を通しつつ、アイスコーヒーとミックスサンドを摘み、ミックスサンドとは妙な名附けだねえと呟く気分も叉、何ともうまい。

 

 こんな風に書けば、ぢやあ丸太は、サンドウィッチなら、何でもうまいと思ふのか…と訊かれさうで、必ずしもさうとは限らない。そこで冒頭の書き聯ねを見返すと

 珈琲や紅茶だけでなく、麦酒や葡萄酒にも適ふ。

 絢爛豪華より、冷藏庫の残りもので、手早く作つた。

 さういふサンドウィッチを、私は好み、喜ぶ傾向があるらしい。成る程、頭の中では、ふはふはしてゐたことを、文字にすると、こんな風に纏まるのだな。

 

 考へてみれば、このヴァラエティ豊かな食べものの名前には、伯爵兼海軍大臣による、トランプ博奕中の簡便食、といふ創始伝説がある。コールド・ローストビーフ。うまいからといふより、賭けを中断せずに済む利点の所為だらう。腹が膨れればよからう…とするのは、惡しき合理主義であつて、あの國の料理が凋落したのは、かういふ態度を是としたからにちがひないよ。

 

 併し一方、私のサンドウィッチへの嗜好は、上のとほり、意外なくらゐ、伯爵の好みに忠實…でなければ近しい。念を押すとこつちは、博奕に縁の無い男だし、ましてサンドウィッチで腹が膨れればよからうなぞ、まつたく思はない。麺麭にバタ、それから具の組合せで、様々な変化を見せる辺り、ごはんに塩と具を組合せ、様々に姿を変へるおにぎりに匹敵する柔軟さではないか。

 

 話を叉冒頭に戻すと、サンドウィッチからの聯想は、手巻き寿司の方が、よささうに思へてきた。四人五人で集り

 

 食パンは分厚いのから薄いのまで。

 トーストしたのもしてゐないのも。

 バゲットやロールパンも用意して。

 

 そこにコーンのソップ、ブラウンシチュー、ポテトやマカロニのサラド、ベイクドビーンズ、色々の油漬け酢漬けを、自慢のソースを持ちより、更に罐麦酒や葡萄酒も持ちより、無駄口減らず口を叩きながら、サンドウィッチを作り摘むのは、手巻き寿司の樂みに似てゐる気がする。叉それは、鐡火場の騒々しさに似る気もする。

 要するにサンドウィッチの樂みには、簡便安直と、賑々しい酒席があり、然も両立に矛盾はない。この一点で云へば、おにぎりや手巻き寿司を凌ぐやも知れない…と私は半ば本気で思つてゐる。

 なので諸々の麺麭と具を組合せ、一ぱいか二杯、やつつけられるサンドウィッチ酒場があつても、不思議ではないと思ふのだが、町中でついぞ、見掛けない。洒落た呑み方が出來さうなのに。まあ、私の發想なんぞ、たかが知れてゐる。既に試行済みで、商賣にならないと判断されてゐても、矢張り不思議ではなからう。仕方がない、自分で賑々しいサンドウィッチを作り、二杯か三杯、やつつけるとしませう。