閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1248 ギヨク・モピルスーツ

 溶き卵に玉葱と長葱、それから蒲鉾。

 お出汁でやはらかく炊いて、丼めしに打掛け、三つ葉を散らせば、玉子丼が出來あがる。まあ、安直安価簡便質素な一膳めしと云つていい。とは云へ

 蒲鉾の代りに鶏肉なら親子丼。

 蒲鉾の代りに牛肉なら他人丼。

 蒲鉾をとんかつにしたらかつ丼になるし、他にも衣笠丼やら木の葉丼やら、色々に変化する。

 いや待てよ、変化と云つていいのか知ら。親子丼他人丼かつ丼衣笠丼木の葉丼は、果たして玉子丼が起点なのか、もうひとつ、はつきりしない。

 参考までに云ふと、親子丼の成り立ちは明治期。出前用だつたか、兎に角お店では出さなかつた。盛りきりめしは品が惡い、との感覚が料理屋にあつたさうで、併し評判を得た。だから來店客へも提供することになつた。

 もうひとつ云ふと、明治の頃の鶏肉は、牛肉や豚肉より、格も価格も高かつたらしい。四ツ足に対する厭惡が、つよく残つてゐた所為か。養鶏が産業として確立するまでの親子丼は、随分と贅沢な食べものだつたにちがひない。

 かう考へると、溶き卵を使つた丼めしの起点は、寧ろ親子丼にあつて、そこからマイナス鶏(要は手間と費用の倹約である)で、玉子丼に到つたとする方が、想像としてはすつきりする。ガンダムGMに到つたやうな変化…と譬へて、判るひとが何人くらゐ、をられるだらうか。玉子丼をギヨク丼と呼ぶことがあるが、ギヨク・モビルスーツなんて、こつそり在りさうな気がしなくもない。

 さてそのモビルス…ではなかつた、玉子丼を私は好む。卵好き、溶き卵好きにとつて、素晴しい一品だと思ふ。

 「そんなら貴君、卵かけごはんがあるよ」

さう異論乃至忠告が出ることは予想の範疇である。その点に再反論する積りはない。卵かけごはんが旨いのは云ふまでもないし、大の好物でもある。それを踏まへつつ

 「玉子丼は半熟が嬉しいのです」

とは(静かに)云ひ添へておきたい。これくらゐのもの云ひだつたら、批判される心配は、きつとなからう。

 そこでひとつ、気がついたことがある。卵かけごはんも、明治期に成り立つた食べ方でせう。前段で私は、玉子丼は親子丼からの派生ではないかと推測したけれど、卵かけごはんからの影響は考へられないだらうか。ジオニック社とアナハイム・エレクトロニクスの融合であるハイザックのやうに、似て異なる技法手法が混つた可能性。何を云つてゐるか、判らないでせう。實のところ、私じしん、よく判つてゐない。

 出自は兎も角…と強引に話を逸らしながら續けることにして、も一ぺん繰返すと、玉子丼はうまい。親子丼他人丼かつ丼衣笠丼木の葉丼との比較や差異でうまいのではなく、親子丼他人丼かつ丼衣笠丼木の葉丼を、それぞれ食べたいと思ふのと同列に、玉子丼を食べたいと思ふ意味でうまい…と書いてから私は、汁かけごはんも、たいへんに好きなのだと思ひだした。

 温かくつて

 甘辛くつて

 五蘊の香りたかく

 汁ツ気もたつぷり

鶏肉もとんかつも油揚げも椎茸も何もなく、目の前にきてから何ひとつ手を加へなくてもいい。兎にも角にも、卵に集中し、満喫出來る一点では、必要にして十分。然も簡単で廉価ときたら、ハイザックより寧ろ、突出した性能を誇りはしないが、運用の安定と安心が出來るザクⅡ…ドズル・ザビ風に云へば、ザク・モビルスーツ…の方が、聯想としては正しからうか。念の為に云ふと、ザクⅡの設定は今、煩雑をきはめてゐる。F型とかR型とか、キャノンとかタンクとかデザートとかマリナーとか、私の手には負へやしない。さう考へると、ギヨク・モビルスーツはギヨク・モビルスーツだから、判り易くていい。けふのお晝はその玉子丼で、お腹一ぱいになるとしませうか。