心筋梗塞の發症で、緊急入院したのは皐月上旬。
処置と経過確認に要したのは五日間。
退院して一ヶ月足らずが過ぎてゐる。
生活は色々と変つた。
中でもほぼ卅年、喫ひ續けた煙草を止めたことを、筆頭に挙げておかう。処置の担当医…ここからは主治医と呼びますが、主治医のO医師から
「(血圧や脈拍、呼吸、採血の検査結果から)病変は煙草がトリガーとしか、考へられません。煙草は、お止めなさい」
入院中の時点で既に、きつい御達しを受けてゐる。私もさう思ふ。だから帰宅して先づ、残つてゐた煙草を棄てた。お医者さまと、速やかに聯繋出來たやうで、気分がいい。
お酒…これはアルコール類全般の意味で使ふのだが、陋屋では元々、罐麦酒と罐酎ハイしか、呑んでゐない。稀に葡萄酒は加はつたが、稀の分の量の考慮は六つかしい。従つて日乗に呑む数と、一本当りのアルコール度数を減らした。具体的な数字は書かない。この手帖がO医師にばれるとは思はないが、世の中どんな弾みで、何が起きるか、判らないもの。
アルコール以外の飲みものは、従來と変らない。お水と珈琲、それから緑茶や烏龍茶の類。ああさうだ、アルコールを控へめにした影響か、炭酸水を飲む機會はぐつと増えた。O医師からも幾人かの看護師さんからも、こちらに就ての厳しい云ひつけは出てゐない。まだ試したことはないけれど、この際ノンアルコール飲料も一度、味見してみるかと思ふ。
食事全般で云へば、食べる方は塩分が気になつてゐる。入院中は日に三回、検温と血圧の測定をして、異常な数値は出なかつたから、神経質になる必要まではないと思ふ。成人男性の塩分摂取量は、一日当り六から七グラムといふ。T看護師さんが、親切に教へてくれたのは
「一食一品の量を計算するんではなく、一日全体で調整するのが、管理し易いと思ひますよ」
塩分量の管理なんて、考へたこともなかつたから、實に参考になる。効果に繋がつてゐるか、判らないが、気の遣ひ方すら知らなかつたのだ、これは進歩と強弁しておく。
問題…厄介なのは、"体を動かす"こと自体である。
入院前のやうな速さで動くと、直ぐ息切れがするし、動悸も高くなる。M看護師さんの話によると
「心筋梗塞が起きてゐましたから、その時点でもう、心臓の筋肉の一部が、うすく壊死してゐるんですね」
「ステントを挿入して、血の流れは改善しましたけれど、筋肉の量は減つたままですから」
「それで發症前と同じくらゐに動いたら、心臓への負荷がきつくなることは、考へられるんですよ」
成る程筋は通つてゐる。けれど復調の為には、"適度な運動"が求められてもゐて、非礼かとも思つたが、"どないせえ、ちうねン"と苦笑ひした。Mさんも苦笑して
「六つかしいですよねえ」と応じ「階段の昇り降りは、負担が大きくなるので、気をつけてくださいね」
追ひ討ちまで掛けられた。看護師さんの云ふ気をつけるは、發症させない為の留意ではなく
痛みは勿論、違和感がある時
立ち止つて、出來れば座つて
ゆつくりと呼吸をの意である。すりやあ判つてゐますと云ひかけて、入院の直前、痛みと焦りと不安とで、過呼吸を起したのを思ひだした。判つてゐるのと、實際に出來るのは、まつたくちがふ。これを
「様子を見ながら、ですよねえ」
と云つたら、如何にも粗雑に響くけれど、動いて動かして、自分の体の反応を確めなければ、何とも云へないのは事實だし、今のところは動きに対して、そのレスポンスが、まちまちなのも事實である。従つて自分の心臓が、快方に向つてゐるのかどうか、何とも云へない。
併しステント…有り体に云へば異物を挿れ、過ぎたのは一ヶ月に満たない。この間、煙草を棄てたほかは、飲食が緩かに変つたくらゐ。その程度で、(劇的な)改善があるなど、都合のいい話が、あつてたまるものか。
規則正しい藥の服用
心臓へ過剰な負荷を掛けない生活
定期的な検査
その結果に適する処置と対応
要するに一度、退院して間もない時よりは、ましな状態にする。これが今。ましになつたら次は、惡くなる速度を出來るだけ、遅らせる。これが今後。その為の上の四点であつて、肩肘の力を抜き、偶には(O医師には知られてはいけないが)手も抜きつつ、腰を据ゑる、据ゑざるを得ない。多少うんざりもするが、この手帖で使へる、"長期の不定期聯載"の種が手に入つた、と考へればうんざりだけとも云ひにくい。