閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1262 胸痛碌(1)めしの話

 この手の話題にどの程度、興味を持たれてゐるか、知らないけれど、私じしんは興味がある。心筋梗塞發症後の話に、[胸痛碌]と附けたのは、さういふ理由で、この稿が初回。[1259 長期不定期聯載の種]は第0回、[1258 胸の痛む話]には第−1回と、遡つて番號を振つておく。

 

 それで先づ、入院中の食事に就て、触れておきたい。

 心筋梗塞を起した身体には、減塩食が提供された…かう云ふと、病院の減塩食なら、きつとまづかつたでせう、と同情される。お気持ちは有難く受けとりつつ、決してまづくなかつた。口に適はない味つけもあつたけれど、そこに文句を云ふのは、筋がちがふ。

 緊急入院の当日は、何も食べなかつた。空腹を感じるやうな体調でなかつたのは当然だし、検査からステント挿入の手術が終り、ICUに入るまでの間、食事休憩を挟める筈だつてない。仮に何か出されても、食べられなかつたらうから、矢張り文句も何もない。

 

 翌朝、出されたのが、ロールパン(二つ)にジャム、小さなオムレツと刻んだ野菜と牛乳、それからお茶。こちらの食慾を考慮してか、単にさういふメニュの朝だつたのか。

 救急搬送の前に、にうめん(一束)を啜つてから廿時間くらゐ、経つてゐたと思ふ。空腹を感じてゐたわけではなく、旨いもまづいもなくて

 (一ぺんに食べたら、からだが驚くにちがひない)

とだけ考へ、時間を掛けて食べた。野菜は五分ノ一くらゐを残し、牛乳は飲まなかつた。さうしたら、お盆を下げにきてくれた看護師さんに

 「牛乳はきらひですか」

 「お腹が、緩くなり易いのです」

 「それぢやあ、牛乳がメニュにある時は、ヨーグルトに変更しておきませう」

柔軟な対応を、してくれるのだなあ。

 

 ロールパンその他の朝食をしたためた後、贅沢にも車椅子に乗せてもらつて、一般病室に移つた。

 朝は午前八時頃。

 お晝は正午。

 夕食は午后六時前後。

 ごはん、お味噌汁、主菜、副菜(二品)、果もの叉はヨーグルトが基本的な構成。お味噌汁は中々美味しかつたのに、減塩目的の所為で少い(半椀)のは、少々不満だつた。

 主菜は焼きものが中心。揚げものが出たのは一ぺんだけ。副菜は煮もの和へものが主。いづれも淡泊だつたけれど、味も素つ気もない…といふことはなく、栄養士さんや、調理師さんの苦心と工夫には、感謝と敬意を表したい。

 

 さうだ。主菜に"豚肉の生姜焼き"や、"すき焼き風の焚きもの"が出たのには驚き、贅沢な献立だねえと感心もした。驚き序でにもうひとつ。主菜副菜を前に

 (こいつを摘みに、罐麦酒を一本)

引つかけたいなとは、まつたく考へなかつた。いや恰好をつけてではなく、正味の話。白身魚塩麹焼きなんて、お酒に似合ひなのに、さういふ不埒ことが、ちつとも浮ばなかつたのは、我ながら不思議で仕方がない。

 退院の日の朝は、ごはんと半椀のお味噌汁。和へものの小鉢、厚焼き玉子に大根おろしと醤油(減塩ではないやつ。何故だらう)、それと果もの。私の病院食は、玉子料理で始まり、玉子料理で終つたことになる。