牛肉、じやが芋、玉葱。
人参、隠元豆、糸蒟蒻。
具は上段が基本で、下段はあれば、なほよし。
砂糖と醤油で甘辛く炊けば、肉じやがが出來上る。牛肉の部位、じやが芋の種類に切り方、砂糖と醤油の撰び方、もしかして秘密の調味。分量も手順も色々あるんだらうが、その辺はよく判らない。
伝説だと、東郷平八郎が英國留學の時に食べたビーフシチューを、舞鶴の鎮守府で再現を命じたら、レシピも味も知らない料理人が
「甘辛う炊いたら、どないか、なるやろ」
と仕上げたのが、我が國肉じやがの發祥とされてゐる。まあ伝説止りだらうなあ。と、ここで余談をひとつ。昭和の御門は魚類の研究者でもあつたが、ある時ウミウシを解剖したか何かの後、厨房に持ち込んで
「料理に出來ぬものか」
「調理の仕様が判りませぬ」
「海の生きものだから、魚料理の方法で、何とかなるのではないか」
困りきつた料理人が、甘辛く煮れば、どうにかなるのではと一皿に仕立てたといふ。併し日頃、食べものの味に苦情を立てない陛下が後日
「あれは、不味かつた」
閉口したなと(笑つて)仰せになつたさうで、こちらは伝説ではない。皇室の厨房にウミウシが入つた、おそらく唯一の例ではあるまいか。余談終り。
ところで明治の日本海軍といへば、飛びきり合理的…ハイカラな組織だつた。幾ら片田舎の鎮守府勤めの料理人でも、シチューを知らなかつたとは考へられない。東郷が英國でビーフシチューを味はつたのは、確かだらうけれど、かれは武張つた薩摩人でもある。
「あれバ、喰ひたか」
厨房にも御台所にも、強請する人柄だつたと思へない。口に適はうが適ふまいが、顔色を変へず、何も云はなかつた姿を想像する方が似合ふ。もしかすると、焼酎にあふ料理が出た時は、微笑むくらゐ、したかも知れない。
後の聯合艦隊司令長官、學習院院長に就ては實のところ、どうでもよかつた。但し肉じやがを話題にして、あの伝説を避けるのは六つかしからう。更に云ふなら、物堅いサイレント・ネイビーと、近代海軍の祖國の煮込み料理、我が國の煮もの組合せは、ユーモラスな感じがまあ、しなくもない。とは云へ私は、ごく平和的な男なので、ここからは東郷から、距離をおきませう。
直接に関連するかどうかは別に、牛肉とじやが芋で作る一点で、肉じやがとビーフシチューは、似てゐる(面がある)と思ふ。材料は簡素、手順は簡潔。その分お店にも家庭にも、様々な味はひがある。
「肉じやが(それからビーフシチュー)は、かくあらねばならぬ」
わけでなく、料理人やお母さん、お父さんの経験や技倆や好みで、微妙…或は大きなちがひに繋がるのが、面白く樂く、叉美味しくもあるんである。
ここまで書くと、一部の讀者諸嬢諸氏から、何故牛肉なのかと、抗議されるかも知れない。
「我が家では、うちの店では、豚肉鶏肉を使ふぞ」
「だつてその方が、うまいぢやあないか」
お気持ちは判る。豚肉じやがや、鶏肉じやがを拒む積りも、否定する積りも私にはありません。但しそれらは私にとつて、あくまでも豚肉じやが、鶏肉じやがで、ただの肉じやがが意味する肉は、牛肉なんです。この理由はもう、豚肉じやがや鶏肉じやがが、当り前の食卓酒席ではなかつたから、としか云へない。改めてこの稿での肉じやがは、牛肉とじやが芋の料理としますよ。
さてその肉じやが。一度の食事で、どれくらゐ食べるのが適切なんだらう。相当の實力者であると、認めるのは、吝かではないとしても、“肉じやが定食”のやうな形式だと、多少なりとも力不足を感じてしまふ。かと云つて、たとへば“鯖の塩焼き定食”に、小鉢として添へられても、不満を感じるのは間違ひない。我ながら、ややこしいことを云ふ男である。
更に云へば、煮もの族として随分わかい筈の…新人と云てもいい肉じやがが、家庭料理の代表撰手権で、惡くても八強に入れる地位を得てゐるのは、もつと不思議である。小芋や里芋の煮ころがしだの、鰯の生姜煮だの、筑前煮だのがめ煮だの、厚揚げと青菜の炊合せだの、もつと古くからある煮ものは様々あることを思へば、恐ろしい速さの出世ではなからうか。
尤も。速すぎる出世を遂げた料理全般には、何を呑むのが一ばん適ふのか、確立されてゐない弱点がある。我らが肉じやがも、叉(残念ながら)その例外ではない。調理法を考へれば、お酒…日本酒が最も安定しさうだが、決定版とは云ひにくい。それともここは、アドミラル・トーゴーの伝説に敬意を示す意味で、麦酒を撰ぶのが、望ましいだらうか。