閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1288 韮玉と御頭

 ざくざく切つた韮と、玉子をどうかしたら、韮玉が出來あがる。“どうかしたら”と曖昧に云ふのは、私が知る限りでも、三つの“どうか”があるからで

 

 ・溶き卵をお出汁でやはらかく炊いて、韮をざつと入れた、玉子丼の上のやうな仕上げ。

 ・溶き卵に刻み韮を混ぜこんだのを、葱焼きのやうに焼いた仕上げ。

 ・ざく切りの韮をおひたしのやうにして小鉢に盛り、卵黄を乗せた仕上げ。

 

どれもお品書きには“韮玉”とあつたから、韮玉には三種類以上の“どうか”する技法があると云つていい。玉子丼式、葱焼き式、おひたし式の中でなら、私は親子丼式をこのむ。甘辛くつて、汁つ気があつて、匙で掬ひながら食べる。そのままは勿論、七味唐辛子や粉山椒をはらつと振るのもよく…お酒でせうね、この場合だと。

 

 池波正太郎の“鬼平”もののどこかに、火附盗賊改メの御頭が、朝めしに、韮入りの玉子焼きをしたためる場面があつた。ここで註釈風に云ふと、長谷川平藏は十八世紀後半のひと。一概に云ふのは六つかしいが、その頃の玉子は、一個が四百円くらゐといふ。成る程、玉子焼きは、随分と贅沢なおかずだつたのだなあ。

 

 上の場面は、穏やかな朝の一挿話だから、平藏は呑んでゐないけれど、私が韮玉とお酒を結びつけたのは、この辺りから聯想が働いた所為らしい。我ながらまことに単純だと思ふ。とは云へ、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、小説や映画からの聯想で、食べものと飲みものが結びついた例の一つや二つ、お持ちではなからうか。

 「いや待てその聯想だと、好もしいのは、玉子焼きに近い、葱焼き式韮玉ではないか」

さう指摘されるかも知れず、實は私も、ちらりと同じことを考へた。併し韮玉との出会ひと、小説の描寫に出会つたのとは、時期がまつたく異なつてゐるから、その辺りで不一致が起きても、止む事は得まい。

 

 かうして話題にするのだから、念を押すまでもなく、韮玉は私の好物である。葱焼き式も、おひたし式もいいけれど、既に書いたとほり、第一に挙げたいのは、玉子丼方式。但し鐵鍋で供されるのはこまる。

 「熱々をお召しあがりください」

とでも云ひたいのだらうが、折角の玉子が、あつといふ間に固まるし、韮だつて焦げかねない。こちらが食べたいのは、玉子焼きではない。熱いのをと云ふなら、お皿を温めるのが筋でせう。

 

 余談ひとつ。

 伊丹十三の若書きのエセーに、レアで註文した筈のステイクが、鐵板で出され、恭しく掛けられたソースが、その上で音を立て、お好み焼きになるのを、茫然と見つめたくだりがあつた。一讀の際に大笑ひしたのは忘れ難い。白身も黄身も固まつてゆく玉子丼式韮玉を見た私の頭に浮んだのが、まさにこのくだりであつた。

 余談終り。

 

 ここからの韮玉は、玉子丼方式の意で用ゐますよ。

 ごはんの横には置きにくい、気がされる。匙で掬ふ食べものだからだらうか。それこそ玉子丼のやうに、丼めしに乗せれば、話はちがつてきさうだが、さうなると玉子丼には及ばない。

 酒菜が、似合ふのだらうなあ、矢張り。

 上にも書いたが、お酒だねえ、矢張り。

 お酒の銘柄に八釜しいことを云ふのは野暮だけれど、この稿では参考までに、小澤酒造の大辛口を挙げておかう。呑みくちがよくて、食事に適ふ。同じ藏の蒼天、異なる藏の鍋島や天狗舞鳳凰美田も美味しいんだが、これらには、お酒それ自体の旨さを追ふ気配がつよく、残念ながら、“韮玉を味はふ”為には、撰びにくい。

 

 先に枝豆を混ぜた鹿尾菜や、厚揚げと青菜の炊合せなんぞが慾しい。かういふのを摘み、呑みながら待つ。冷や…所謂常温が好もしい。恰好をつけて云ふのでなく、お酒は冷しすぎると、香りが立たず、味はひだつて萎むから、暫く待たねばならないと、経験的に知つてゐる所為で、呑み助の知恵なのですよ、これは。

 深皿に乗つた韮玉からはきつと、甘辛い湯気が立つてゐる。まだ半分とろけた玉子に、匙で韮を絡め、つゆと一緒に食べれば、何とも佳い気分に浸れるのは、間違ひない。それからお酒である。吉田健一が、日本酒なら、酒席の最初から最後まで、同じ銘柄でも差支へないと教へてくれたとほり、鹿尾菜や炊合せで樂んだ銘で、續ければよろしい。

 

 さてここまで書くと、火盗改メの御頭は本当に、甘辛く煮た韮玉で一ぱい、樂む機會を持つたか知ら、と疑問が浮ぶ。私の頭にある御頭は、中村吉右衛門の姿で、甘辛く煮つけた鮎魚女や軍鶏鍋を肴に、お燗酒を嗜んでゐる。それはいいんだが、吉右衛門丈…ではなく、御頭が韮玉のお皿を前に、匙を使ふ様を想像するのが、如何にも六つかしい。この際だから御頭に供する韮玉は、おひたし式の小鉢にして、玉子丼式のやはらかな仕立ては、奥方さま…多岐川裕美さんが、美事に演じてゐたなあ…に差し上げませう。

 

 御頭が苦笑ひを浮べるかも、知れないけれど。