夏…残暑に到るまでの時期は、麦酒がうまい。
といふのは、本当だらうか。
尊敬する内田百閒は、冬麦酒の方が、味が締つてうまいと書いてゐる。戰時中の冬、向ふ三軒両隣から、配給の麦酒を譲つてもらつたとも書いてゐたと思ふ。初めて讀んだ時は、さうかなあと感じたが、今年…即ち令和七年の夏のやうに、異様な暑さだと、夏麦酒は必ずしもうまいと限らないのではないか、と見方が変つてきた。

小難しい理由があるわけでなく、直ぐ呑まないと、直ぐぬるまるから、こまるんである。勿論ここで
「麦酒はぐわんごつんと呑むのが正しい」
と云はれれば、それまでなんだけれど、私くらゐの齢になつてしまふと、残念ながら、さう簡単にはゆかない。何年も前、通つた呑み屋では、樹脂製のジョッキ(二重構造で間に液体が入る)を半ば凍らせ、出してゐた。發想は兎も角、樹脂のジョッキでは、口あたりがまつたく惡かつた。
とは云へ、夏麦酒を樂みたければ、ジョッキなりコップなりを冷すのは、“味を締め”る為、大きな要素なのは間違ひない。私のやうに、身体のあちこちが衰へた男には、小さなコップだらうな。理想を云へば、そのコップを幾つか冷しておいて、取つ替へ引つ替へ、お代りをするのが望ましい…自分で用意するのでなければ。
現實的な面からは、目を逸らすとして…ここで云ふコップは硝子製を指す。安つぽい…昭和の残骸のやうなラーメン屋で、壜麦酒を註文した時に、麦酒會社のマークが入つたやつが出るでせう。あれくらゐの大きさ。ちよつと注いで、一息に空けるには丁度いい。
但し丁度いいと云ふのは大きさだけで、あの妙に滑らかな口触りは、麦酒の味を著しく損なふ。感心しない。私の好みを云ふと、麦酒を呑む際のコップは、ごつごつして、縁が分厚いのがいい。泡も含め
(おれあ今、麦酒をやつつけてゐるなあ)
気分まで味はへる。叉その気分は確かに麦酒の味の一部を成してもゐるので、麦酒會社のひとには、よくよくの検討と提案を、お願ひしたいと思ふ。
と、ここまで書いて、馴染んだ呑み屋で壜麦酒を註文した時、どんなコップを添へてゐたか、すつぽり忘れてゐることに気がついた。残暑が烈しい今、安易な外出は本意ではないが、仕方がない。これはひとつ、確めに行かざるを得まい。