暫く足を運んでゐない…私にだつて、色々の事情があるのだ…呑み屋の品書きに、ハムカツがある。この安つぽくてうまい食べものに就ては、この手帖で何度も触れてきたが、呑み屋への無沙汰とあはせて、暫く触れてゐなかつたから、久々に書かうと思ふ。
麦酒や酎ハイ、居酒屋式のハイボールに、素晴しく似合ふ。ひよつとして、鶏の唐揚げやミンチカツ、焼き餃子より、相性はいいかも知れない。かう云ふと、わかい胃袋の讀者諸嬢諸氏は、首を傾げるかも知れず、その疑念に応へる術を、私は持たない。説得は諦めませう。
大事なのはハムカツである。
とは云つてもハムカツは別に、高級高価な食べものではない。イベリアやイタリーのハムでなければならないとか、厚みは五ミリメートルに限るとか、オリーヴ油と胡麻油を混ぜたので揚げないと、本当のハムカツとは呼べない、などと、たれも云はない…といふより、考へたひとはたれひとり、ゐなかつたらうし、今後も出てこないんぢやあないか知ら。
ちがひはおほむね、ハムの切り方と、衣の厚さ。たつたふたつの要素で決る、これで味はひがまつたく変るのだから、油断も隙もあつたものではないよ。
もうひとつ、調味料に何を使ふかも大切で、私はウスターソースと辛子をこのむ。辛子をたつぷり塗つて、ソースも矢張りたつぷり、衣が潤びるくらゐかける。
いや幾ら私だつて、揚げものへの礼節は心得た男である。とんかつやチキンカツやミンチカツやコロッケや鯵フライを相手に、こんな乱暴はしませんよ。初手からこんな眞似が成り立つのは、ハムカツだからこそで、ハムカツだから成り立つのは、ハムカツの主役がハムではないといふ特殊な事情による。
ぢやあハムカツの主役は何かと訊かれるのは、想定済みであつて、ハムカツの主役は衣である。尤もその主役の坐は、ハムが無ければ得られない。ティム・バートン版『バットマン』でのマイケル・キートンとジャック・ニコルソンのやうに、ダブル主演と云つてもよく、この場合のキートンは衣だらう。ええと、何の話をしてゐたのか。
さう、ハムカツ(の衣)だつた。
ハムの味はひと歯触り、揚げ油の香りを纏つたところに、辛子の刺戟とウスターソースの甘からさを加へることで、何と云へばいいか、もうハムカツと呼ぶしかない、あの揚げものが完成する。そのハム、黄金の衣を纏ひて、純白の皿に盛らるるべし。私が風の谷の長老だつたら、きつとさう呟くだらう。話が叉、へんな方向に進みさうになつてきた、用心しなくちやあ。
改めて云ふ。(馴染んだ)呑み屋の、(いつもの)席に着いたら、なだらかに麦酒乃至酎ハイ乃至ハイボールと、ハムカツを註文する。つき出しを摘みながら待つ。待つてゐたら、いよいよハムカツが登場するでせう。先づ添へられた辛子を、満遍なく丁寧に塗る。それかららおもむろに、ウスターソースをかけまはす。立ち喰ひ蕎麦屋で、いきなり丼の表面を埋めつくすくらゐ、七味唐辛子を振る小父さんがゐますね、ああいふ気分。出來ればここで少し、衣を潤びさす時間を置きたい。序でに麦酒その他を干してゐたら、お代りをもらはう。飲みものの準備まで万全に整つたら、後はもう、かぶりつくだけである。衣の歯触りとソースの甘辛と辛子の刺戟が、ハムの風味と共に、口の中で渾然となる。それを麦酒(乃至その他の酒精)で、胃袋の底の底まで流し込めば、満足は約束され、果される。
さういふハムカツを、喰はしてもらひたい。