本棚の隅に『往年のオリンパスカメラ図鑑』といふ文庫本があつた。刊行は枻出版社。平成十五年初版。何年前になるのやら、計算はすまい。特定の著者名はなく、単に“マニュアルカメラ編集部 編”となつてゐる。
オリンパスの銀塩カメラで使つたことがあるのは、μとPEN F、それからPEN Sである。OMは勿論、XAともLとも無縁であつた。これらとはおそらく縁を持たない…訂正、持てないまま、私の余命は尽きる筈だが、まあ、そつちはいい。
久しぶりにその図鑑の頁を、ぺらぺら捲つて、PEN Sが慾しくなつた。過去に二度、手に入れた。尤も二度とも手放したから、今は持つてゐない。図鑑によると發賣は昭和卅五年。当時の価格は八千八百円。昭和四十四年まで造られたらしい。当時としても、かなりの長寿機だつたのではないか知ら。
それだけの期間、造られ續けた理由に就ては、頭を捻らなくてもいい。賣れたからである。實に解り易い。
本当か知ら。
ハーフサイズゆゑ、被寫界深度…ピント位置に気を遣ふ必要はまあ、無いにしても、目測である。露光だつて手動である。まつたく不便な機種で、人びとが飛びついたとは思ひにくい…と云ふのは、令和の見立て。露光やピント合せに求められる経験値より、一眼レフの半額にも満たない値段で手に入れられ、倍の枚数が撮れる利点の方が、うんと大きかつたに決つてゐる。何せ六十五年前の話だもの。
そのPEN S、今から手に入れ、使ふ積りですか。
さう訊かれたら、正直なところ、返答にこまる。
以前の経験から、露光やピントの調整は、何とかなるのは判つてゐる。フヰルムがお大尽の遊戯でしか、買ひにくくなつた今、卅六枚撮りで七十二枚、寫せるのは、大きな利点ではある。更にそのフヰルムは、PEN Sが現行機の当時より高性能だから、Dズイコーを使ひきるには寧ろ、具合がいいと考へられ…なくもない。
そんな風に理窟を捏ね、PEN Sを入手して實際、撮りに持ち出すかと云へば、十中八九、いや十中の十、持ち出さない確信がある。だつたらPEN Sを慾する理由は奈辺にあるのかとなつて
「慾しいから、慾しいのだ」
身も蓋も無く、さう云ふのが事實に一ばん近い。ただそれだと、この稿が續かない。仕方がないから、も少し踏み込むと、本体だけでは不便なのがいい。そこに外附けのアクセサリを色々追加して、游べる点がもつといい。空を飛べなかつたマジンガーZに、ジェットスクランダーを用意するやうな感じ…と云つて、判らない世代には何となく、そんなものかと思つてもらひたい。
勿論その各種アクセサリが、当時の純正品で揃へられるとは思つてゐない。図鑑を見ると、フードやフヰルタだけでなく、接寫用レンズや複寫用スタンド、顕微鏡…オリンパス、高千穂光学は元々、そつちの會社だつた…に取附る為のアダプタまであるけれど、果してどれだけ賣れたものか、甚だ怪しい。詰り入手の可能性も甚だひくい。従つて偶然に恵まれない限り、そつちは諦める。
實のところ、PEN Sを持つてゐた時、サードパーティ製のフードとフヰルタは、手に入れ、残してもある。最初の段階は無事、通過済みと云つていい。ストラップも様々あるから、第二段階も通過である。ただ私好みのストラップは帆布なのに、このカメラに関してだけは、革がいいと思へるから、検討の余地はある。
ここから若干、難関になると思ふのは、露光と距離の測定。どちらもオリンパスは用意してゐないから、否応なしにサードパーティ…他社製品を撰ぶ必要がある。それで先づ露光計は、小型且つアクセサリ・シューに嵌め込めるのが、幾つか出てゐる。そこから探せばよい。
問題は距離計で、知る範囲で現行品は無い。ソヴェト製の(きつと精度が)、いい加減なのはあつた。もしかして國産にもあつたらうが、知らなければ無いのと同じである。だとすると、後はライツ製を探さざるを得ず、どう考へたつて、PEN S本体よりぐつと、高価だらう。
仮にそこは奮發しても、PEN Sのアクセサリ・シューはひとつしかない。露光計と同時に乗せられないのは、一体性に欠ける。それではいけない。コシナから、シューを追加するアクセサリが何種類か出てゐた。こつちも適ふのを探さざあなるまい。
こんな風に書くと、スタイリングにシビアな目を持つ讀者諸嬢諸氏から
「ごてごてさすのは、PEN Sの簡素を損ふ、感心しない趣味と思ふですよ」
まことにシビアで、然も尤もな意見が出るだらう。併し反論の余地は残つてゐて、PENの派生機種であるDとEEには、露光計が内藏されてゐる。といふことは、そもそもPENには、“さういふ”方針があつたのではないか。
何の本だつたか、ペンタックスの試作カメラの寫眞を見たことがある。搭載を検討してゐた機能が未だ、筐体に収まるまで、纏らないので、不細工な太いケイブルでその部品を繋ぎ、動作試験をしたとか、そんなキャプションが附けてあつた記憶がある。不恰好ではあつたが、理由のある不恰好さには、説得力が感じられた。
それで些か居直りつつ云ふのだが、PEN Sに単体の露光計や距離計を、無理を承知で附けるのは、“本來、さうだつた(だらう)PEN”を、身勝手に再現する樂み…游びと見立てられる。ゆゑにその結果、ごてごてや不恰好になつても、それは許容の内に収まるのだ。マジンガーZのやうに、スマートな追加パーツでないのは残念だけれど、それを六十五年前の機械と、現代の機器との組合せに求めるのは、無理にもほどがあるといふものだ。

と書いてから云ふ。PEN Sの機能的な不完全さは、發賣から六年後のPEN FTでほぼ、解消されてゐる。これはグレートマジンガーの登場と見てもいい。