わかい頃は、五十歳になる自分の姿が、想像出來ませんでした。四十歳を過ぎれば老人。五十を迎へる迄に、この世から離れるとも思つてをりました。念を押しますが、さうあれかしと希んでゐたのではありません。ただ五十といふ年齢は、十分に成熟しきつた大人であり、自分がその様になれると考へられなかつたのは確かです。併し既にわたくしは、五十歳を過ぎてゐながら、この身は成熟にほど遠いまま、未だこの世に在ります。不本意とは申しませんが、奇異の念は感じたくなります。一体こんな大人が、あるものでせうか。わたくしが廿臺卅臺の頃、目にした五十前後の人びとは、現在のわたくしより遙かに穏やかで、落ちつきのある、社會の立派な一員に映つてゐました。あれが幻だつたとは思へません。それとも現在の我われが、穏やかで落ちつける迄、我われより上の世代より時間を要する様になつたとも、考へられなくはありますまい。何かの本で讀んだのかは、忘れましたが、生きものは種の平均的な寿命か延びるに従ひ、個体が成熟する迄の期間も延びるさうです。人間だつてきつと、例外とは云へないでせう。尤もさういふ生物學的な事情を、我が身の未熟の辨護に当て嵌めるのは、随分に無理があります。何となればこれは、わたくし個人の色々…ふた親、祖父母、数少い友人、恋人、妻子。學校とそこに居た何人かの先生。呑み屋。愉快と不快。成功と失敗。歓びと淋しさ。その他、数知れぬ諸々が渾然となつた結果、怠惰、懶惰に到つたので、それがたれの責かと敢て云ふなら、わたくし自身の外にありません。
ところでわたくしは今、生きてゐます。未熟で怠惰で懶惰なまま、半世紀は疾うに過ぎてゐて、改めて卅余年前、さういふ自分がゐ゙るとは、思つてもをりませんでした。叉これも繰返しますと、だからと云つてさつさと憂世に御去らばをする積りは、毛頭ありません。産まれた以上は兎にも角にも…本意不本意に関らず、怠惰だらうが、懶惰だらうが…、その日が來る迄は生きねばなりますまい。人間いつぴきに務めがあるとしたら、まづこんなところかと思ふのですが、何か恰好をつけたもの云ひになつてしまひました。こんなことを書いたのは、けふがわたくしの誕生日だからです。驚いたことに、五十歳を八年も余る年齢になりました。