寒くなるとうまくなる食べものは様々あるけれど、意外に見過されるのは、お漬けものではないだらうか。マーケットでごく当り前に見掛けるお漬けものも、窓外に寒風の吹く夜に摘むと、何と云ふか、兎に角うまい。あんなのはいつ採つたか判らないんだから、夏だらうが冬だらうが、変りはしないと思ふなら、それは淺はかな見立てで、舌に乗せたときの味はひは、マーケットの袋詰めであつても、季節で大きに異つてくる。
ことに野沢菜漬けがうまい。秋に種を播き、初冬に収穫したのを漬けるさうだから、寒い時期を象徴するお漬けものと云つていい。冬野菜の女王と云へば、白菜が思ひうかぶ。叉そのお漬けものもたいへん喜ばしいのは、同意を示すのにまつたく躊躇はない。但しお漬けものに限つては、野沢菜が女王を凌ぐやうに思ふ。多少言葉を緩めたのは、白菜漬けも私は好むからで、親愛なる讀者諸嬢諸氏には諒とされたい。
野沢菜漬けは大まかに、葉と茎に分けられる。更に大まかに、葉はごはん、茎はお酒や麦酒に適ふ。そのまま摘んでよく、漬り具合次第でほんの少し、醤油を垂らしてもいい。細かく刻むより、ざくざく切つたくらゐの方が好もしいが、この辺は議論と考慮の余地が、たつぷり残されてゐる。ここは色々の野沢菜漬けを酒菜に、一ぱい呑りながらの議題と致しませう。
我ながら不思議なのは、野沢菜漬けを好むに到つた事情で、實はさつぱり記憶に無い。少年の頃、食卓にあつたのを摘んだからにちがひない。とは云つても、お漬けものなんて、子供の舌を喜ばす代物ではなからうに。
思ひかへすと幼少期の食卓に、カツレツやシチューの類…いはゆる洋食の出る機會は少かつた。鰈の煮つけや鰯の生姜煮、玉子焼きにお味噌汁とくれば、お漬けものがなければ締らない。たくわんや胡瓜、(それから勿論)白菜漬けなんぞに馴染む中、我が野沢菜漬けもあつたのだらう…多分ではあるけれども。
いつだつたか、信州のビジネスホテルの朝めしで食べた野沢菜漬けが、えらく旨かつたのを思ひだした。肌寒い季節でもあり、余計にさう感じたのかも知れない。野沢菜は信州菜とも呼ぶさうで、それにも叉、舌が影響された可能性はある。あの朝、呑なかつたのは、朝めしを供する場所に用意が無かつたからで、罐麦酒の一本も持ちこむか、部屋に持ち帰るかすればよかつた。先々足を運ぶ機會に恵まれたら、今度はさうする積りでゐる。
信州を再訪する前に、近場の呑み屋で、やつつけられないかねえと、考へることはある。漬物盛合せなんて、珍しくも何ともない。その筈なのに、呑み屋で盛り合はされるお漬けものは、たくわんと胡瓜と白菜。後は柴漬けに茄子、少し凝つてもべつたら漬けか人参が精々で、野沢菜漬けはついぞ、お目に掛れない。季節性がつよい野菜ゆゑか。併し本來、お漬けものは保存食である。口に出來る時節が短いのは、納得し難い。或は長期の保存に耐へるやうな…粗つぽく云へば、塩を濃く用ゐた…漬け込み方が、敬遠されてゐるとも考へられる。寒風の季節、お燗酒お一緒に供されれば、まつたく嬉しいのに、巷間、塩つぱいのは、きらはれてゐるからねえ。
それとも野沢菜漬けは、私が好むほど、人気ではないのか知ら…まさかと思ふんだが。