閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1340 生中継を観せよ

 テレビジョン…正確に云へば、テレビ放送を受信出來る機械が、陋屋には無い。巷間のニューズは、radikoといつた、サイマルラジオの経由で、特段に不便はない。元々ドラマだのバラエティだのを観る習慣を持たなかつたから、余計にさうなのだらう。

 但しテレビジョン番組をまつたく観ないと、拒んでゐるわけでもない。テレビジョンには生中継といふ利点があり、それが一ばん發揮されるのは、スポーツ(叉はクラッシックの演奏會)だと私は思つてゐる。

 念の為に云ふが、ラヂオでもスポーツの中継はある。ただ人数が多く、動き續ける競技の中継にはまつたく不向きなのがこまる。何年か前の冬季五輪で、スピードスケートやスキーのジャンプを聴いたことがあつて、何故ラヂオで中継したのか、理解に苦しむ判りにくさだつたのをよく覚えてゐる。野球や相撲のやうに、間がある…間の中の動きがあれば、ラヂオの方が解りよいんだが、これは寧ろ例外と見做していい。

 偶にビジネスホテルに泊ることがある。客室にはテレビジョンが置いてあり、呆れるくらゐ、大量のチャンネルを観ることが出來る。忖度をせずに云へば、殆どは下らない。スポーツ中継は数少い例外で、私がテレビジョンの電源を入れる唯一の理由である。野球やラグビー、水泳、陸上競技…挙げると切りが無いが、時に馴染みのない競技を目にする機會があり、これが大体は面白い。

 いつだつたか、トライアスロンの中継を観た。水泳、自転車、長距離走と順位が目まぐるしく変るのがまづ、刺戟的だつたし、水泳から自転車へ、自転車から長距離走へ移る際の駆引き(たとへば位置の取りあひ)が、何となく見えた気になれたのは、我ながら愉快だつた。

 別の日には壁登り…ボルダリングだつたか、クライミングだつたかを観た。細かいルールは判らなかつたが、より速く、より高く登るのが基本だから、安心してゐられた。それに何人かの動きを観ると、技倆にちがひがあると判つた気になれて、これも得難い経験だつた。

 トライアスロンボルダリング乃至クライミングは、上にも書いたとほり、ルールがよく判らず、そもそも馴染みうすい点が共通した。併し何を競つてゐるのかは、素人目にもはつきりしてゐた。詰り観ながらルール上のあれこれに気を回さずとも、安心して昂奮出來たし、感嘆し、手を拍てもした。俄だねえと云はれたら、それは認めるとして、泊つた翌朝の罐麦酒にはよく似合ふし、かういふ生中継だつたら、陋屋にテレビジョンを置き、観るのも(観ながら呑むのも)惡くないと思ふ。

 こんな風に書くと、テレビジョン番組を作るひとは、スポーツの中継…殊にマイナーと云はれる競技で、視聴率が取れるのかねえと、厭な顔になるだらう。併し今一度云ふと、テレビジョンが他のメディアに対して持つ、たつたひとつの優位は生中継である。競技と撰手に敬意を払つてゐれば、ルールが曖昧なままで観ても、十分に樂めるのは、私の経験(ささやかではあるが)から、間違ひない。叉さういふ放送なら、数の多少は別としても、確實な視聴者を得られるだらう。