閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1346 百円のかるさ

 師走になると手帖が気になる。

 毎年の恒例と云へる慾である。

 

 この何年かは、高橋書店のリシェルを贖ふのが常だつたが、少し事情…気分が変つた。

 その事情乃至気分をごく簡単に云ふなら、皐月に心筋梗塞を起したのが大きい。以降ちよつとした外出なら兎も角、遠出には躊躇ひを感じることが多くなつた。従つて先々のいつどこで、何があるといつた見込みを、予め書いておく必要性が薄くなつた。仕事に絡む事どもは、そもそも重きを置いてゐない。

 もうひとつ、上から派生した事情があり、自分のからだに就て…その具合や呑み喰ひを記すことが増えた。かうなるとリシェルでは些か小さい。その小ささとかるさは、持運び易さと直かに繫る要素だから、良し惡しとは別の話。予定の管理はさて措き、日々の記録に徹するなら、当り前のノートブックの方が矢張り好もしい。

 

 それで日記形式へと戻るのに、コクヨのノートブック(そふとリング A6/七十枚)を撰んだ。名前から判るとほり、柔らかな素材のリングを用ゐ、紙は五ミリメートル方眼。これは文月から實験的に使ひ出し、この稿を書いてゐる霜月下旬、リシェルからほぼ完全に移つてゐる。

 但し公私共僅かながら、幾つかの予定が出來ることはある。たとへば心臓の検診を忘れて、琳派を観に行く予定は立てられない。だから簡単に管理する手帖…暦は必要である。更にそれは、買ひもの用の使ひすてのメモを兼ねさせたい。さういふ條件を纏めるに

 

・A6サイズの薄つぺら。

・升目式の見開き一ヶ月。

・メモ欄に余裕がある事。

 

の三点、且つ廉価…千円未満が望ましい。我ながら勝手を吹いてゐるが、勝手を吹くだけなら懐は痛まない。

 (高橋書店やNOLTYにも、廉なのはあるのだ。そつちから探したつてかまふまい)

とも思つてゐた。さうしたら、百円均一を謳ふ店で、一冊の手帖を見つけた。予想してゐなかつた。あすこは手元に無く、取り急ぎ必要な物を買ふ場所と決めつけてゐたから、ちよつと驚いた。ぺらぺら捲つた。まあ使へなくもなささうである。それに百円なのだ、具合が惡ければ棄てても惜しくない。さう考へて贖つた。

 試しに書いてみると、紙がうすい所為で、裏うつりする。しつかり使ふ積りなら論外。併し主に使ふのはコクヨの方。こつちはその場限りなのだから

 (我慢の範疇に収めてもよいか)

思ひなほした。極端な廉価ゆゑ…飽きたら棄ててしまへばいいさ…の、あまい判定である。百円のかるさと云つてもいい。既に使ひだしてゐて、我慢の範疇にどうにも収まらないと解つたら、改めて高橋書店を贖はう。