閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1348 揚げ玉葱を麺に乗せ

 玉葱はどうしたつて旨い。

 生を水に晒して、削り節を振りまき、醤油を垂らすだけで酒菜になるし、塩胡椒でざつと炒めてよく、何ならもつと単純に、丸ごと煮るのもいい。カレーの下味は勿論、お味噌汁やソップの種だの、サラドの一員だのにも欠かすわけにはゆかず、万能と云つてもいい。

 かなりタフな野菜でもあるらしい。本当かどうか、古代のギリシアでは、兵隊の糧食にチーズと玉葱を支給したといふ。栽培が六つかしくなく、長期の保存も出來なければ、きつとさうはならなかつた。尤も将軍聯中は、屠つた羊を神々に捧げた後、それで葡萄酒を平らげたらしいけれども。

 玉葱に戻つて曖昧な記憶を辿ると、大坂梅田のドイツ風ビア・レストランで、大ぶりの玉葱に切れ目を入れ、花が開いたやうな姿で、フライにしたのを食べたことがある。ハニーマスタードが添へてあつた。麦酒によく似合つたが、分量がすごくて閉口したのだけは忘れない。

 併し大玉は兎も角、どうしたつて旨い玉葱だが、揚げるのが一ばんの調理法ではあるまいか。廉な呑み屋で出す玉葱のフライが、焼酎ハイの佳き友なのは今さら云ふまでもない。揚がつて直ぐ、ウスターソースか味つけぽん酢でやつつけるのは、底辺廉価な樂みである。

 云つておくと、底辺廉価と上流高価は、旨い不味い…口に適ふ適はないのと、まつたく異つてゐる。玉葱好きであれば、ドイツ風の丸揚げと、一串百円だか二百円だかの串揚げを同等に歓べることは、疑念の余地が無い。二千年余り前の兵隊とは、気が合ひさうである。

 ここで我われは、ドイツ丸揚げや呑み屋の串揚げだけでなく、玉葱には天麩羅があることを、思ひださねばならない。ざくざく刻んで掻き揚げ風に仕立てたのも、櫛切りや輪切りを種にしたのも、私を嬉しがらせる。

 他の種ものは知らず、玉葱は天つゆに、漬け込むくらゐがうまい。衣が潤びても、不釣合ひとはならない。一体たれが試したものか、軽々しく使ひたくはないが、天才的な思ひつきだつた。發明者に会へるなら、感謝と敬意を示す一ぱいを、奢つてもいい。

 さて。玉葱の天麩羅が、たつぷりの天つゆに適ふと判れば、次の一歩は目の前で、詰り麺ものの種である。蕎麦の種にしたのは、饂飩には紅生姜の天麩羅があるからだが…そちらに就ては日と稿を改める。

 仕立ては掻き揚げ風。揚げおきの所為だらう、歯触りは最初から、期待すべくもない。蕎麦つゆでとろけほどけた衣の軟らか過ぎる歯触りの中、玉葱の硬さがあつたのは惡くない…まあ率直なところ、そのくらゐだつた。もしかして、饂飩ならまた違ふ評価になるかも知れないから、断定は避けるとして、少くともギリシアの兵隊には、供したくならないのは確かである。

 さう云へばギリシアには、揚げ玉葱を使つた(更にチーズをあしらつた)麺料理はあるのだらうか。