もう、大坂にゐる。
大坂の旧いふるい友人であるエヌに、例の如く西上すると報す。返信に曰く
互ヒニ先ヅ年内ヲバ生キ延ブルベシ。
まことに尤も。双方健やかに生き延びねば、乾盃もままならぬ。
師走初二。
西上を同廿四日と決め、東海道新幹線のダイヤグラムをざつと眺める。東京驛午后一時台發の、新大阪驛止リが望ましい。見ると零分發第二百卅九のぞみ號の他
第三百七十九のぞみ號 廿一分發
第六百四十五ひかり號 卅三分發
第三百八十五のぞみ號 四十二分發
こだま號を除いても全部で四本ある。早めに切符を取る積りでゐれば、必ずどれかに乗れるだらう。東下のダイヤグラム確認は、後日にまはさう。
師走初三。
持ち帰る荷物の藥が悩ましい。
服用は三種、一日一回、五錠。
小分けを考へたが、計算するとかなりの分量になる。分けても、中途半端に嵩張る。そのまま持ち帰らう。
どちらにしても、持ち出しには多少、気をつける必要があつて、そこは面倒だが、我が心臓のことを思へばこの際、止む事を得まい。
ここまで書いて、百閒先生が道行、何を食べたか、新幹線での酒肴の参考にしたくなつたので、『阿房列車』の頁を捲つた。併し先生、バナナ賣りの女の子を見て、あのバナナはうまからうと思ひ、食堂車へ行きもするのに、そこで何に舌鼓を打つたのか、ちつとも教へくれない。麦酒を何本か呑む内、曖昧に大阪驛に着到したと書いてゐるだけ参考にならない。仕方が無いから、吉田健一の「旅と食べもの」に目を通す。そこには
[先づビイルに、それからこれは無難だから、ハム・エッグスを注文する(中略)ハム・エッグスはいつかはなくなるから(中略)、魚のフライでもいい。これもソオス漬けにして、もつとビイルを注文する]
と甚だ迷惑…訂正、旨さうな描寫がある。文句を云ふのではない。こちらの胃袋を(烈しく)刺戟するくらゐでなければ、食べものの文章として駄目なことは、今さら念を押すのも面倒である。併し文學的な値うちは兎も角、吉田の一文も参考にならない。令和の現代、東海道を走る新幹線に、食堂車は聯結されてゐないもの。どこか醉狂な辨當屋が、ハム・エッグスと魚のフライ辨當(ソオスと辛子附)を出さないか知ら。ビイルはこちらでどうにか(叉はどうとでも)するから。
さう云へば、岡山の造り酒屋の倅と大宰相の倅には、特別急行列車で、お酒…日本酒を呑まなかつた点が、共通してゐる。吉田はビイルでなければシェリイを愛飲してゐた。列車を降りてから呑むお燗酒と、醉ひ加減が近いから具合がいいのださうな。百閒先生は稀に嗜みはしても、それは魔法壜に詰めたお燗酒だつた。明治生れの大文章家(或は多くの明治人)にとつてお酒は、温めて樂み叉呑むものだつたのだらう。冷酒を歓ぶ令和人…いや呑める年齢を思へば平成人とは、えらいちがひである。昭和にお酒を覚えた私はどうだつたか。何となく
「日本酒を呑めるおれは、恰好いいだらう」
程度の考へで手を出したのは確かである。それがお燗酒か、それとも冷酒かは、まつたく覚えてゐない。呑み屋のお仕着せだつたのは間違ひなく、きつと大した銘柄ではなかつた。そのお酒が惡くない…うまいと思ひだしたのは、東都に居を構へてからである。であれば、西上の新幹線で、お酒を呑んでも不思議ではない筈のに、今に到るまでその習慣は持合せない。両先達に敬意を表してなら、文學的な態度でせうとも胸を張れるが、残念なことにただの習慣にすぎない。廿四日ののぞみ號だかひかり號だかでも、ビイル…いや麦酒と葡萄酒を呑むことになるだらう。それとも吉田を見習つて、シェリーからお酒への流れを試さうか。
師走十五日。
廿四日に乗る東海道新幹線の切符を贖ふ。
初二日に見繕つた中から、東京驛午后一時廿一分發の第三百七十九のぞみ號を撰ぶ。新大阪驛への着到は午后三時四十八分。これで直前の行動が、自動的に、叉それなりに決まる。尤もこの辺りは、毎年さう変らない。
持ち帰るのは藥とGRⅢ、スマートフォン、メモ帖に筆記具くらゐ。昨年と異るのは、煙草とライターを省けることか。バッグとポーチ類にどう纏めるかは要検討。まあこつちも、大体は例年通りに落ちつくだらうとは云ふものの、検討といふ過程を樂むのは、別の話である。
師走十七日。
持ち帰るGRⅢの周辺機器、アクセサリをどうするか、案外に悩ましいと気がつく。
充電器とケイブルは外せないとして、予備の電池にメディア、フヰルタを附ける為のアダプタ、外附のファインダ、卓上三脚はどうすればよからう。
考へつつ、試しに全部を取り出し、手元にあつたパナソニックのレンズケイスに詰めると、ほぼ過不足なく収つた。割とコンパクトだし、これでゆかう。
GRⅢ本体には卓上三脚を附けて、別のポーチにはふり込み、ベルト通しにぶら下げることにしたが、当然ながら卓上三脚の分、重くなる。大してちがはないだらうと考へるのは間違ひで、元のGRⅢがかるいから、随分と重く感じられる。場合によつては、大坂でネックストラップを誂へねばなるまい。
それはさうと。
東京驛午后一時廿一分發第三百七十九のぞみ號で、何を呑み、叉食べませう。前段であれやこれや、勝手を書いてゐるけれど、退院からの半年余り、外でがつちり呑み喰ひをしてゐない。それにのぞみ號の乗客でゐられるのは、たつた二時間半である。ハム・エッグスと魚のフライ、ビイルとシェリーとお酒、それから水菓子を味はへる余裕は、体の調子だけでなく、時間の点でも無理がある。罐麦酒(二本)、葡萄酒(小壜)は揺ぐまい。それから裂き烏賊とピーナツ。残るはお辨當で、チキンかシウマイか。そこまで食慾があるものか、併し疑念(或は不安)もある。もしかして新大阪驛で降りた後、紅生姜の天麩羅饂飩の一ぱいも啜りたくなるかも知れず…詰りお辨當は、当日の課題とせざるを得ない。