閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1358 点景年末

 起承転結の無い、詰り点景。

 令和七年師走廿四日。

 帰宅した後、頭のしんが、ぼうとなるのを感じ、速やかに寝に就いた。

 翌廿五日から廿七日にかけ、卅七度前後の發熱が續いた。洟が甚だしく、更に便通が止まる。序でに偏頭痛まで起き、まつたくうんざりさせられた。令和の風邪は、阿房も引きこむらしい。但し早寝が奏功したか、動作に不便は感じず、食慾も失せずに済んだ。

 この間、呑んだのは毎晩の晴れ風一本きり。他は同じキリンのGREEN'S FREE…所謂“ノンアル”だつた。まづかつた。生麦の麒麟工場で味見した麦汁のやうなあまさがあつて、麦酒の出来損ひみたいだと思つた。尤も人間の舌には、馴れといふ便利な機能がある。何本か呑む内、晝間の麦酒の代用にはなると思つた。その廿七日の午后辺りから、体調が戻つてきたと感じて、安心した。病気療養の為に西上したのではないもの。

 廿八日はニューナンブの年末恒例となつた、オンライン忘年會。S鰰氏は機材の都合で不参加となつたが、頴娃君とクロスロード・G君で、賑かな時間を持つた。一番搾りホワイトと晴れ風、それにアルプスの信州コンコード(小壜、ヴィンテージははつきりしない)に、柴漬けと狭山漬け、関西スーパーの烏賊の南蛮漬け(中々に美味)、キリ・クリームチーズ。何を話したかは、さつぱり覚えてゐない。G君が保存してゐる、ニューナンブ以前の画像を、何点か見せてくれて、自分の毛根に活力があつた頃を懐かしく思つた。

 卅日。大坂のふるい友人であるエヌに會つた。卒業した中學校から、相川を経て吹田まで散歩。ほかのたれも判らないが、その中學生の頃、游びに行つた路すぢを辿つたんである。記憶の隅にあつた道や階段は、点として残つてゐた。併し町の風景自体が、大きく様変りしてもゐて(たとへば通つてゐた模型店)、それらの点を線で結ぶには到らなかつた。

 天満宮から天神橋筋の商店街、天満の裏ツ側から天満裏に歩いた。櫛比する小穢い呑み屋は、どこもかしこも日中からあかあかと灯を燈し、潜りこんでゐるお客たちは、既に出来上つてもゐる。年の瀬とは云へ、怪しからん聯中だなあ。尤も羨ましくなかつたかと訊かれたら、それは別の話。それに腹が減つてもゐる。晝に呑む癖を持たないエヌが、一ぱいか二はいの麦酒と、酒菜を二品ほど摘んで、めしにするかと呟いたくらゐだつた。

 そこから中崎町の商店街へと歩いた。中崎といへば、日錢を懐にしたおつさんが、ホルモン焼きで焼酎をかツくらふ呑み屋が並ぶ印象が抜けないのだが、實際は、小洒落たバルト海何とか呼びたくなる店が点在し、“レトロ商店街に並ぶ穴場のお店”とか、軽薄な惹句で、軽薄に紹介されさうでもある。穴場と云ふより穴ぼこだらけやなアと思つたが、エヌに云はせれば、そこに嵌りこむ阿房が少からずゐる所為で、商ひとしては成り立つといふ。説得力と意地の惡さを両立さす譬へである。

 ヨドバシと八百富を冷かした序でに、ストラップを一本、贖つた。GRⅢを縦吊りにぶら下げるのが目的。率直なところ、十分に満足な出來の品ではなく、試用と検討の側面が濃い買ひものと云つていい。エヌも私も(所謂)新製品への物慾は何年も前に磨耗しきつてゐる。互ひに最近コダック辺りが出した、小さな玩具の機種に、多少の興味を惹かれるのが精々だつたが、(一部の)数寄ものに人気なのか、實物はヨドバシにも八百富にも、置いてゐなかつた。

 少し早い時間帯にも思へたが、店が開いてゐると判つたから、お初天神通りのケラーヤマトに入つた。混んでゐて待たされるよりは、早く始める方が百倍いい。ケラーは麒麟系列のビア・レストラン…ビヤ・イザカヤで、麦酒は勿論ながら、酒菜が實にうまい。

 パリパリポテト。

 焼き餃子ソーセイジ。

 牛蒡のサラド。

 鯛のカルパッチョ。

 四品で区切つたのは、卓が狭いからで、この点だけは落ちつかない。麦酒は軽めから、ずしりとした銘に移しつつ、ジャーマンポテトとするめの天麩羅を追加。何を話したか、記憶には多少、残つてゐるけれど、この稿では詳しく触れない。地元に戻つて、驛ちかくの呑み屋…確か吉鳥で二杯か三杯。

 大して期待しなかつたこともあつてか、酒菜が思つてゐたより好もしかつた(但し麦酒以外のお酒は、まつたく感心しなかつた)のにはちよつと、驚かされた。周りをちらりと見るに、近所の人びとが晩酌や、夕食の食卓代りに使つてゐるやうに見受けられた。成る程、それで食べさすものが不味ければ、立ちゆくまい。まぐろのなめろう、じやが餅チーズ、チキン南蛮など。綺麗に平らげ、御馳走さまを云つて店を出た。ファミリーマートで罐珈琲を買ひ、飲みほしておやすみを云つた。

 大晦日。両足の筋肉痛が酷くて、終日難儀した。普段どれだけ、歩いてゐないのかと、我ながら呆れた。脹ら脛をさすりながら、エヌの足だつてきつと、同じにちがひないと考へて我が身を慰めたが、他人さまの足が痛からうが痒からうが、私の脹ら脛には関はらない。なると金時をお八つに摘んで、夜は晴れ風とISAINA(寶酒造の芋焼酎ソーダ割り罐。惡くなかつた)、関西スーパーの早鮓にお蕎麦は冷し。何やかやとありはしつつも、何はともあれ、令和七年は穏やかに暮れてゆく。