閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1359 点景三賀日

 起承転結の無い、詰り点景。

 令和八年正月元日。

 午前八時頃、佛さまに挨拶をしてから、家族で盃を汲んだ。新潟の朝日山。お酒を呑むのは、まつたく久し振りで、旨いものだと思つた。酒精を断つた父親曰く、温かな塊が、腹の底に落ちるやうな感覚らしい。

 八十路翁八十路媼の親と、その不肖の倅の食卓である。お重があつても持て余すのは間違ひない。

 セレベス芋と大根を焚いたの、それから棒鱈と蒲鉾と黑豆くらゐなもので、不満も何も、用意してもらへてゐるのだ、十分以上に有難い。

 御雑煮は勿論、食べる。水菜の御吸ものに焼いたお餅を二つ、御佛壇からの御下りで、もうひとつ。簡素簡潔を通りすぎ、無愛想なお椀だけれど、これが仮に具沢山で豪勢な仕立てだつたら、三つめのお餅はきつと、食べられなかつた。

 實業團の驛傳…ええと、ニューイヤー駅伝の中継を、散らちら観て(勝つたのはGMO)お晝。焚きものの余りと饂飩。饂飩には温泉卵と、福島の辛い生姜。小口葱が入らないのは、父親がその歯触りを好まなくなつた所為。父と私の年齢差を鑑みれば、卅年後の自分であるから、葱が無いのだと文句をつける筋とは云へまい。

 多少、気が早いかと考へつつ、東下のダイヤグラムをざつと見た。新大阪驛始發ののぞみ號に限ると、一時間に三本くらゐ。博多や広島、岡山發や、ひかり號も含めれば、倍ほどにも増えるだらうから、切符が取れずにこまることにはならないだらう。

 晩ごはんは、アサヒのマルエフ、朝日山。野菜炒めに胡麻豆腐(残念ながら感心出來なかつた)、それに卵かけごはん。食事に関して云へば、常に復したことになる。併しセレベス芋を焚いたのは、もちつと食べたい。マーケットが開いたら、ねだらうかと思ふ。

 正月二日。

 例年通り、テレビジョンで箱根の驛傳(往路)を見物。撰手や指導者がリベンジを聯發するのが、實に耳障りに思ふ。血腥い言葉を安易に用ゐるのは、如何なものか。とは云へレースは、これも毎年ながら、實に樂めた。田辺聖子さんが、高校野球を観て、“泣かンと、よう游ンだある”…これは男の幼児性を、鮮やかに示してゐる…と洩らしたが、大手町から芦ノ湖を目指す撰手の姿に、同じ感想が頭をよぎつた。かれらは息子や孫(どちらもゐないけれど)より年少である。往路優勝は青山学院。

 お晝にはマルエフを一本、それから焼いたお餅を落した日清はどん兵衛の肉饂飩。それだけで、カップ饂飩が豪華に思へてくるから、お餅は大したものである。感心しながら一息ついたら、不意にポテトチップスが食べたくなつた。ふた親は食べる習慣を持たず、関西スーパーは年始の休業中である。仕方が無いから、ファミリーマートに行つて、小さいプリングルスを買つた。随分と割高だけれど、止む事を得ない。

 晩ごはんは寄せ鍋。用ゐるのは豚肉に白菜に豆腐に長葱、茸と春雨くらゐだが、獨居の身には鍋料理自体が、無縁なのだから、贅沢と云つていい。昆布巻きを酒菜にヱビスのJAZZYを一本、それから朝日山。どれくらゐ食べたか、見当をつけ損ねた所為で、お腹が随分くちくなつた。有難いことだなあと思ひつつ、寝に就いた。

 正月三日。

 早朝の空気はひどく冷たい。

 珈琲(牛乳入り)とヤマザキのメロンパンを食べて、箱根驛傳の復路見物。往路に續いて、青山学院が圧倒的なつよさのまま、大手町に駆けこむのを観る。二度目の三連覇の由。あすこの原監督の顔は何となく、好きになれないのだけれど、かうまで鮮やかに實績を見せつけられると、第一流の指導者なのは確かであつて、好ききらひをやいやい云ふのも、野暮なのだらうなと思つた。

 関西スーパーの年始営業だつたので、親に従つて荷物持ち。流石に混雑してゐた。

 お晝は黒ラベルで昆布巻きを摘んでから、前夜の寄せ鍋つゆで煮た中華そば。あくまでも中華そばを煮たのであつて、ラーメンではないと念は押しておく。ミツカンの味つけぽん酢と、福島の辛い生姜。饂飩より好もしいと思ふのは、さういふ習慣ゆゑである。出來るだけ丹念に鍋をさらへた(お残しは勿体無いものね)所為で、ごはんまでは食べられなかつた。

 午后おそく、両親は松山神社(菅公をお祀りしてゐる)に詣でた。小さな神社だが、睦月の十日前後には、恵比壽さまのお祭りがある。それでふと、夷(胡)は同じ音なのに、意味がちがふと思つた。無理に見るなら、常の人びとではない点が同じい。我われの御先祖は、異物や異人を貴ぶならはしを持つてゐた(たとへば中原でただの侮蔑だつた“南蛮”が、我が國では、異國の珍奇を象徴することばに転じたでせう)から、その感覚で云へば、恵比壽も夷乃至胡も、示すところは近いのかも知れない。

 夜は関西スーパーの早鮓パック。詣で序でに立ち寄つたらしい。珍しいこともあると思つたら、父親の希望だつたらしい。これも叉、めづらしい。玉子焼きと軍艦巻きが入つてゐなかつた。少し高いのを買つたさうだが、早鮓のパックも高くなると、玉子焼きと軍艦巻きは省かれるのか知ら。まぐろ、鰤、穴子とサモン。烏賊と貝は私の受け持ち。黒ラベルと朝日山で平らげた。御節は殆ど、食べなかつたけれど、新しい年の、ちよいと贅沢な食卓であつた。