もう何年も、甲府に足を運んでゐない。
詰り甲府の鶏もつ煮を、食べてゐない。
もつ煮と云つても、我われがそこらの呑み屋で目にするやうな、臓物と根菜と厚揚げと豆腐とうで玉子を、味噌や醤油で煮込んだ小鉢ではない。鶏の臓物を、甘辛く煮詰めたのを、甲府では鶏もつ煮と呼んでゐる。
元は保存食かと思はれる、たいへん濃厚な味はひが實にうまい。保存食だから多少、不味くなつたところで仕方が無い、と甲府人は考へなかつた。まことに文化的な在り方ではないか。
東都では見掛けない。西上に際しても同様で、こちらの行動する範囲が狭いのは事實だが、鶏もつ煮は甲府でなければ、山梨の限られた地域に行かないと、中々食べられないらしい。うまいのに、不思議だなあ。
ここで念を押す。私は鶏もつ煮を、西都東都で当り前に摘ませろと云ふのではない。気分としては寧ろ、食べたければ、あずさ號に乗つて甲府で降り、蕎麦屋や定食屋に潜りこんで、註文しなくてはならない…せざるを得ない現在を、好もしいと思つてゐる。
ところで現代は知らず、近代以前の甲府は、旨いものに恵まれた土地柄ではなかつたと思ふ。夏は暑く、冬は寒く、日夜の寒暖差も大きい。果ものは兎も角、主食の栽培には不向きだつたらう。畜産には平面が足りない。魚介類は運搬も保存も、山間地ゆゑの困難がある。
さういふ制約の中で煮詰める手法を撰び、洗練させた結果(のひとつとして)、鶏もつ煮がある。ある食べものが、その生れた背景…地形や気候、穫れる作物、更に地域の歴史と密接に関係するなら、それは育つた土地から離れて、食べられないのが、本來ではなからうか。
料理としての鶏もつ煮は、きつと複雑な手順を要しない。その気になれば、臓物を扱ふお店なら、出せるだらうとも思ふ。但しそれで鶏もつ煮が拡がるのが、望ましいのか、甚だ疑問が残る。惡い意味での高級化や、お店獨自のアレンジメント…“個性”と称する変な方向…に向ふのは容易な想像だし、反動で本ものを謳ふ店が出て、それが本ものとは呼べないだらうことも。
ここで地域の食文化などと、気味の惡い言葉は使ひたくないが、どこにゐても、どこの食べものでも食べられるのは、我われの舌と胃袋の両方に、不健全だと思はれる。鶏もつ煮は矢張り、あずさ號の車内で、罐麦酒を片手にお辨當を頬張りつつ、甲府驛で降り、県立美術館でマリヤさまに拝謁してから、お酒と共に食べる卓を思ひうかべるのも含め、味なんである。
もう何年も、甲府に足を運んでゐない。
詰り甲府の鶏もつ煮を、食べてゐない。