常夜鍋と呼ばれる料理がある。
豚肉と菠薐草。
昆布出汁で素早く煮たのを、味つけぽん酢なんぞで食べる。常夜を謳ふのは、その字から想像出來るとほり、毎夜の食卓に乗つても飽きないからといふ。成る程。北大路魯山人の表記だと“宵”夜鍋ださうで、あのひとの文章はどうにも匂ひがきつくて、好きになれないんだが、巧い字を撰んだものだと思ふ。
ところが農林水産省の農産局穀物課米麦流通加工対策室によると、一人前は土鍋に三百ミリリットルの水、七十五ミリリットルのお酒を加へ、沸騰させる。豚肉(百グラム)菠薐草(一束)の順に入れ、蓋をして加熱は一分程度。たれは塩と胡麻油とある。
水とお酒を沸かすのは兎も角、塩と胡麻油は聞いたことがない。どちらも“適量”としか書いてゐなくて、農産局穀物課米麦流通加工対策室には、室長乃至担当者の好みでかまはないから、量や割合の目安を示してもらひたい。まづさうでないのはいいとして、どうも味の見当をつけにくいのがこまる。
しまつた。
農水省への苦情ではなく、常夜鍋…訂正、その主役である豚肉の話をしたかつたのだ。
とんかつ。
豚汁。
肉野菜炒めと生姜焼き。
角煮に叉焼。
ポークソテーとポークチョップ。
ハムやソーセイジやベーコン。
生以外に思ひ浮ぶ調理法なら、自在に対応するのが豚肉で、大したものだねと云ひたくなる。豚の諸君には、甚だ迷惑な批評かも知れないけれど、それはこつちの知つたことではない。
猪を家畜化したのが豚、とは改めて云ふまでもない。家畜化がいつ頃かは例によつて曖昧として、相当にふるいのだけは間違ひない。歴史の大まかな区分でいふ彌生時代、我われの遠いとほい御先祖は、既に舌鼓を打つてゐたらしい。猪だつたらうな、これは。
“家畜化された猪”が日本に入つてきたのは佛教傳來前後だつたと云はれてゐる。殺生を厭ふ教へと一緒とは、をかしいなあと思つてはいけない。その頃の倭は後進國だつた。有難い経典と、美味い家畜を同時に受け容れたところで、不思議とは云へまいよ。
尤も倭の豚肉食は、長く續かなかつた。霊驗あらたかな佛教が知識層(即ち支配階級)を魅了したからで、僅かな例外を除くと、豚だけでなく、肉食じたい、禁忌に押しこめられた。歴史の“もしも”に、大きな意味があるとは思へないが、“それはそれ、これはこれ”と、表では佛像を拝しつつ、裏でこつそり豚肉を貪つてゐたら、令和の我われの食卓は、様相が異つてゐたのではないか。
その復権は、歴史区分で云ふ江戸時代になつてからだと思はれる。外ツ國とは、ごく限られた範囲でしか接点を持たなかつた徳川政権だが、その相手…阿蘭陀と清…は、豚肉への禁忌を持つてゐなかつた。崎陽では蘭人や清人が豚肉料理を樂んだらうし、それが外に洩れ出たとしても、当然のことだらう。
幕府の枕を蹴飛ばした黑船の大砲に負け、港を開くに到つて、崎陽に洩れ出た豚肉が、じわりと世に出る。一橋慶喜、後の徳川慶喜が“豚(肉好きの)一(橋慶喜)どの”と揶揄はれたのは、奇矯な好みと思はれたからとして、豚肉を知らしめるひとつの切つ掛けにもなつたらう。
もうひとつ。薩摩人を忘れてはいけない。南國の精強なつはものこそ、“裏でこつそり豚肉を貪つてゐた”僅かな例外であつた。薩摩の江戸屋敷跡からは、豚の骨が多く見つかつたともいふ。慶喜が喜んだ豚肉も、薩摩産だつたといふ。更に幕府が瓦解し、江戸にのしてきた薩摩武士が、豚肉を求めなかつた筈がない。尤も明治草創期の日本に、養豚業は成り立つてゐなかつた。もしかすると牛鍋の流行は、木強モンの需要に対応出來る当時の数少い畜産だつたからではないか。
明治五年、新宿に置かれた官営の畜産研究施設が、近代養豚の始りらしい。旗を振つたのは大久保利通。云ふまでもなく、薩摩人である。
富國強兵。それには先づ、國民の軀を頑強にせにやあならん。その為には、食べものを見直さにやあならん。ここまでは間違ひない。さう考へた薩人政治家の頭に、故國で豚肉を啖ふ兵児共の姿(それは自分じしんだつたかも知れない)が浮ぶのは、まつたく当り前に思へる。
獸肉を喰はさにやあならん。
豚肉を喰はさにやあならん。
豚を啖つた薩摩武士聯中が、その頃の日本で、最も精強な兵だつたことを照しあはすと、少年時代を薩摩流儀で煮染められた大久保の一藏どんが、両者を同じと認識してゐなかつたとは、とても考へられない。かれが彦根人だつたら、牛肉を重く見たのだらうか。話が逸れた。
ところでこの國で、豚肉が大きく普及したのは、いつ頃で、何を切つ掛けとしたのだらう。現代的な養豚技術が、昭和の敗戰後に確立したのは、間違ひあるまい。それが拡がるにあたつて、牛肉で云ふ牛鍋に相当する決定打があつたのか、寡聞にして私は知らない。
ここであはてて、“だから豚肉はね”さう云々したいのでは、ありませんよ、と継ぎ足しておきたい。大ホームランは打てなくとも、確實なヒットを積み重ね…我が常夜鍋もそのひとつ…、食卓の酒席のレギュラーを勝ち獲つたと思へば、これあ大したものと手を拍つていい。
長々前置きを書いたのは最近、お豆腐を味噌(汁)で煮る時、豚肉を加へたら、こくが出て旨くなると気がついたからで、親愛なる讀者諸嬢諸氏よ
「何をまあ、当り前のことを」
笑はないでもらひたい。私の調理経験なんざ、その程度なんですよ。何しろここでやうやく、お豆腐の味噌(汁)煮に、豚肉と菠薐草…或は白菜や韮、葱のどれかを加へれば、味噌仕立ての常夜鍋(風)になりさうだと気がついたのだから。