閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1380 ありきたりハイボール問題

 ハイボールが得意な本格のシガーバーで呑ましてもらつた一ぱいは、まつたく美味かつた。穏やかなヰスキィとソーダを丁寧に一体化させた後、スプン一杯の濃厚なヰスキィを浮せてあつて、バーテンダー氏はこの手法を確か、フロートと呼んでゐたと思ふ。その頃の私はスモーカーだつたから、おすすめの葉巻をくゆらせながら、その一ぱいを悠々と樂んだのをよく覚えてゐる。

 まあ、稀な例外。大体…殆どの呑み屋で、ハイボールを註文すると、文字通り、ただのソーダ割りが出てくるから、悠々も味はふも、二の次になる。かと云つて、没個性といふか何と云ふか、口当りや喉触りの快さだけに振り切つたやうな飲みものも、決して惡くない。ヰスキィ愛好家、ハイボール・ファン、ソーダマニヤの三方向から、散々咤られさうな気もしなくはないけれど。

 そのありきたりのハイボールは、麦酒やお酒を呑んでから、もちつと呑みたいと思ひつつ、濃醇なのは遠慮したい時に撰ぶことが多い。ここで問題になるのは、ハイボールのお摘みに何をあはすのかといふことで、中々の難問ですよ、これは。

 だつてヰスキィには、食べものを求める性格が、ごくうすい。チョコレイトやドライフルーツ、或はジャーキーが精々でせう。スコットランド紳士が、食前や食中でなく、満足した食事の後、葉巻やパイプを吹かして樂む雑談の合間に呑むのが、ヰスキィなら、その派生であるハイボールが、お摘みを求めにくい性格なのも、当然と云へば当然であらう。

 これを“ありきたりハイボール問題”といふ。

 ただここで大事なのは、ありきたりハイボールには、炭酸…ソーダが用ゐられてゐる点ではないか。前段にも記したとほり、ハイボールの口当りだつたり、喉触りの快さが、ストレイトやオンザ・ロックを凌ぐ(かも知れない)と考へたら、そこからお摘みを考へることも、無理ではなくなつてくる。

 さてありきたりハイボール。

 好意的に書くならば淡泊な。

 身も蓋もなく云へば曖昧な。

 そんな呑みものである。だから大体のお摘みと、不釣合ひにはなりにくい。

 中でもよささうなのは、煮ものの類に思へる。もつ煮や筑前煮、肉豆腐。少しでいいけれど、ビーフシチューなんてのも嬉しいねえ。具がたつぷりの豚汁もいい。焼酎に適ふのだ、ハイボールに適はないわけはないよ。一方で揚げものとの相性は、宜しくなささうである。ウスターソースで潤びさせ、辛子を塗りつけたハムカツくらゐだらうか。それなら寧ろ串焼き…たれで焼いたハラミやレバー、穴子、鰻のくりからや肝が好もしい。

 これで終らすと、スコットランドの紳士聯から、厭な顔をされさうだから、サンドウィッチも挙げませうか。耳を落した薄い食パンをトーストで。固ゆで玉子をホークで潰し、タルタルソース(玉葱の微塵切りは忘れずに)を乗せたのを挟んでほしい。ソースに細かく刻んだたくわんでも忍ばせれば、ちよいと面白くなる。なに、そこまで凝らなくたつて、ハムや薄切りの胡瓜、千切りキヤベツを、辛子入りマヨネィーズで挟めば、一ぱいのありきたりハイボールが旨くなる。

 残るのは、かういふお摘みの何が最良か、といふ問題で、これはもう順次試さないことには判らない。どう考へたつて、一晩では無理だらうなあ。

 

 参考までに云ふと、冒頭のシガーバーでは、本格のハイボールに適ふ、様々な工夫を凝らした燻製で、舌を樂ましてくれた。残念なことに長く足を運べてゐないが、今も変らないにちがひない。