閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1381 ナポリタンの基本形

 麺料理には、基本形がある。

 饂飩には青葱。

 蕎麦なら白葱。

 それが基本形である。

 (醤油)ラーメンだつたら、白葱と支那竹と煮豚。

 (味噌)ラーメンであれば、肉野菜炒め。

 それが基本形だらう。

 

 どれもごく簡潔である。但しその簡潔は、汁もの…ソップだから成り立つとも思へる。極端な話、ソップと麺でいいのが汁麺。仮にソース焼そばだつたら、豚肉とキヤベツと紅生姜は、抜き取れないでせう。

 さてそこで、ナポリタン・スパゲッティの場合はどうだらうか、と考へたい。ここで云ふナポリタン(と略しますよ)が、横濱のホテルで生れ、洋食屋だの喫茶店だので大改造された、あの一皿を指すのは、念を押すまでもありますまい。

 アル・デンテを通り過ぎた太い麺を炒め、ケチャップで和へただけでは、洋風の幕の内辨當の、コロッケかハンバーグか白身魚のフライかチキンカツの下に敷くのが精いつぱいで、一皿の料理とは、とてもとても。

 なので、具が慾しい。

 基本形は、何か知ら。

 玉葱とピーマンは、決りだらう。歯触りと彩り。叉ケチャップの甘みを深め拡げ、更にどちらもうまい。この点はナポリタン好きの讀者諸嬢諸氏からも、きつと同意してもらへるでせう。残るのは肉ツ気になるんだが、こつちの撰択は、議論の種になりさうな予感がする。

 そこで私は、ハムを推さうと思ふ。

 と云つたら、一体どうなのか知ら。

 猛烈な反發を、喰らひさうである。

 そこはソーセイジぢやあないのか。

 ベーコンを忘れるとは、許し難い。

 他にも異論反論が噴出するのは間違ひなく、それらは叉それぞれに正しい。何しろナポリタンは、米兵が啜つてゐた“スパゲッティのケチャップ炒め”に遡る。USアーミーのめしなんて、腹を膨らすことだけが目的に決つてゐるから、ハムでもソーセイジでもベーコンでも、欠片が入つてゐたら、御馳走だつたにちがひない。

 偏見は兎も角、發端を考へれば、我らがナポリタンには肉、それもハムだの何だの、いはゆる加工肉を求める性格があるらしい。これは書いてゐて気がついた。文字にするのは大切なのだなあ。

 その加工肉、塊とはゆかなくても、欠片が判る程度の大きさが望ましい。スパゲッティと玉葱、ピーマンとは異る歯触りと、肉つぽい匂ひが慾しいからで、さうなるとたとへば、コンビーフやミンチ肉では細かすぎる。待てよ、何か忘れてはゐないか知ら。

 さうだ、ポーク・ランチョンミート。と云つて判りにくければ、SPAM(スパムメールの語源でもある)やTulipやHormelの名前を出しませうか。あれかと膝を打つてもらへると思ふ。すつと浮ばなかつたのは、あの罐詰は沖縄料理だと当り前に使はれるが、東都では目にする機會が稀だからと、云ひわけをしておく。ポーク玉子は大の好物なのに、申し訳ない。

 好みの大きさに切り分け出來る。

 ケチャップとの相性がよろしい。

 肉つぽさもしつかり感じられる。

 序でに云ふなら、この罐詰肉は、軍用食として(あはれな)米兵の舌に染み込んでもゐた。源流まで辿れば、ナポリタンの具としては、ハムやソーセイジ、ベーコンを凌ぐのではないかとも思へてくる。

 尤もそのポーク・ランチョンミート、沖縄県外で廉に買ふのは六つかしい。賣つてゐないのではなく、中々に高い値段を附けてゐて、気らくには使ひにくい。気らくさが欠けると、ナポリタンの基本形として、撰びにくくもなる。沖縄出身のマスターが営む喫茶店で、これを用ゐたナポリタンを作つてゐるなら、お邪魔したいが、それは横に置いて、着地点を見つけませうか。

 玉葱。

 ピーマン。

 加工肉(ハム、ソーセイジ、ベーコン。その他お好みがあれば)

 加工肉と曖昧に記した中で、ハムを筆頭に置いたのは、“ハムを推さう”と書いた以上、当然の順番だと思つてもらひたい。湯気の立つお皿が出たら、チリーソースを三滴。粉チーズを豪雪のやうに振りかけ、ずるずる音を立てて啜りこみ、くちの周りをケチャップで赤くするのが宜しい。ナポリタンはパスタ料理ではなく、日本の麺料理なのだ、気に病まずともいい。横濱の料理長が見たら、怒りのあまり、絶望するかも知れないけれど。