閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1384 気に入り

 [山ちゃん]

 [かぶら屋(中野店)]

 [かぶら屋(大久保店)]

 [鬼無里イ]

 [清瀧(田町店)]

 [清瀧(歌舞伎町店)]

 [萬]

 

 いづれも気に入りの呑み屋であつた。

 いづれもいつもの行動範囲にあつた。

 “あつた”と過去形にするのは、いづれも悉く閉店したからで、かういふのは實にこまる。

 

 一体に私は、新しい呑み屋を見つけるのが臆病なたちなんです。どんな酒菜があり、どんな盛りつけ、どんな味か判らないし、お店の雰囲気…客あしらひは勿論、お客から感じられる部分も…が好もしいのか、見当をつけるのが六つかしい、といふより面倒で、新しい店を探すくらゐなら、身に馴染んだ席に着きたいと思ふ。

 かう書いたら、少くとも[かぶら屋]と[清瀧]は、チェーン店ぢやあないか、と云はれるだらう。確かにそのとほりなのだけれど、チェーン店だつたらどこでも同じとは云ひにくい。チェーンの◯◯店に行かうと考へるのは、地の利があるのは当然として、その〇〇店が持つ、文字にはし辛い何ごとかが、こちらの身に適ふからで、我ながら何とも曖昧な云ひ方だか、我が親愛なる呑み助たちには、(漠然でも)解つてもらへさうな気がする。

 まあ上に挙げた数軒のほか、気に入りの呑み屋があるのは勿論なんだが、それはそれ、これはこれ。いつものあの場所にあつた看板や暖簾が、いつの間にやら失せ、馴染んだ大将や女将さんの顔が、見えなくなり、ピックルスやマリネー、かつ煮、品書きには四点盛りと書いてあるのに、何故かいつも六点乗つてゐるお刺身と縁がなくなるのは、何とも淋しいではありませんか。

 さういふある晩、不意に飛び込んだ串焼きの呑み屋がある。何となく、よささうに思へたからで、自分で云ふのもをかしいけれど、こんな時の鼻は信用出來る。

 壜麦酒。それから串はおまかせの五本。ほかのお客と大将の話を散らちら聞くに(我ながら惡趣味だねえ)、店を開いて間もなく一年になるらしい。成る程詰り、私の目に入つてゐなかつたのか。

 串は順次供する形式。焼き方が巧い上、味つけにちよつとした工夫を凝らしてゐるのだらう、まことに結構。客あしらひも中々で、これは気に入りになりさうな感じがする。願はくば、細く長く、續いてもらひたい。