閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1385 ロジカルとは云へないEOS RT

 平成元年の發賣当時、価格は十一万五千円だつた。

 下の[CANON CAMERA MUSEUM]にさう書いてある。

 

https://global.canon/ja/c-museum/product/film136.html

 

 これはごく簡単に、EOS630にペリクルミラーを組み込んだ特殊モデル。發賣はRTより半年ほど早いが、同じく平成元年で、こつちの定価は八万五千円。たつた三万円の差だつたのか。

 ペリクルミラーの構造は面倒だから省きますよ。ミラーが固定されてゐると思つてゐればいい。一眼レフは本來、レリース時のファインダ像が見えなくなるんだが、RTはミラーが動かないから、さうではなく、動作分のタイムラグも削られてゐる。それ以外の機能は、基になつた630と変らない。

 さういふ機種があると知つたのは、『間違いだらけのカメラ選び』(田中長徳/IPC)だつたと思ふ。この本に関しては、色々と云ひたいことがあるんだが、この稿では我慢する。兎に角その本で、既に製造が終つてゐたこの機種を知り、その特殊さ加減に魅力を感じたのは確かである。格別の必要性を感じたわけではないのに、惹かれたのは、余程に無邪気…単純だつたものと思はれる。

 

 その頃、通つてゐたカメラ店の、馴染んだ店員さんから、デッドストック品のRTがあるよと教へられた。値は五万五千円。定価の半値である。EOSは既に、630を含む600系から、十倍シリーズと呼ばれる次の世代に移つてゐたから、持て余し気味の在庫だつたのか。裏側の事情はさて措き、買はない理由は見当らなかつた。

 ひどく重くて、使ひにくかつた記憶がある。RTの入手前から、十倍シリーズのEOSユーザだつたから、操作も見当がつくだらうと高を括つてゐたが、600系のインタフェイスは、まつたく異つてゐた。現在に繫がるEOSのスタイリングが、遡れば十倍シリーズに辿り着くことを思へば、黎明期の試行錯誤だつたのだらう。

 だつたらRTは、他社の機種だと思へばいい。さう考へられれば、事情はちがつたかも知れないけれど、十倍シリーズのEOSに馴染みきつてゐた身としては、同じ冠なのに、かうもちがふのか、と戸惑ふしかなかつた。ブラックアウトのないファインダ像や、固定ミラーゆゑの静粛さは凄いと思ひながら、手指がどうしても馴染まないまま、EOS5に買い替へた。惡いことをしたなあ。

 

 暫く忘れてゐた。後にEOS-1Nの特殊モデルとして、RSが用意された時、キヤノンの思ひいれ、執念をちらりと感じた程度である。それが或日、[Photo&Culture, Tokyo]といふサイトコラム、“カメラ悪酔強酒”(筆者は赤城耕一)の

 

第53回 Real Timeの頭文字から名付けられた、固定ペリクルミラーのAF一眼レフ「キヤノンEOS RT」

https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=6345

 

を讀んだ。上手な文章とはとても云へないが、赤城は寫眞家である、その点は目を瞑りませう。大事なのはこの一文で、EOS RTの名前を久々に目にし、懐かしんでしまつたことで、これはまづい。然も赤城によると、冗談のやうな廉価で贖へるらしいから、なほまづい。更に上のコラムに掲載された画像には、EF50ミリ/F1.8のⅠ型が附いてゐて、ますますまづい。詰り、慾しくなつた。甚だ迷惑な話である。赤城に知られたらきつと、厭な顔…おれの所為ぢやあないよ…をされるだらうな。

 

 慾しくなつた、とは云ふものの。今さら手元に置いたつて、2CR5電池の手配は面倒だし、もつと云へば、衰へきつた目で、(RTに限らないが)銀塩機の小さくて見辛いファインダを覗く気にもなれず…詰り買ふのと無駄遣ひが、直線で結びつくことに、一片の疑念も無い。

 そこまで解つてゐるなら、物慾のひとつやふたつ、我慢出來て、当り前ぢやあなからうか…そのくらゐ、解つてますよ、私だつて。

 ロジカルではないのだな、要するに。操作性に馴染めなかつたと書きはしたが、現代ではもう、大した問題でなくなつた。それに記憶を探ると多分、(一種の)あくがれを持つて贖つた最初がRTであつた、気がする。まあその辺は勘違ひかも知れないけれど、あれこれ思ひだしつつ、温石のやうないい気分になつたのは本当だし、その気分をトリガーにしたところで、たれに咤られる心配もないだらう。

 

 程度がいいのを見つけたら、手に入れるのも惡くないと、思つてゐる。あはせるとしたらEF50ミリだが、ここは、F1.4を奢りたい。改めて、ロジカルな態度とは云へないが、これはもう如何ともし難い。