閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1391 グレイテッド・ラディッシュ

 西洋人は大根おろしを食べない。

 このことを私は、丸谷才一の随筆で讀んで知つた。サイデンステッカーとの雑談の中

 「欧米の食卓に、大根おろしはありますか」

さう訊ねたところ、博識な翻訳家からは言下に

 「ありませんね。おろし山葵もありません」

と返答があったさうで、一讀、奇異は感じなかつた。大根を生で食べる…たとへばお刺身のつま…のは、我が國特有の食べ方と思つてゐた所為か。中華料理では、扱ふのか知ら。酢豚や回鍋肉や青椒肉絲や麻婆豆腐にあはすのは無理があるとして、水餃子や雲呑だつたら、何とかなりさうに思へなくもない。

 

 ところで。大根おろし自体が美味いかと訊かれたら、正直に云つて首を傾げざるを得ない。醤油や味つけぽん酢や天つゆ、叉生姜や小口葱の手助けがあつて

 「やあ、大根おろしがあるぞ」

喜べるのだと思ふ。ただそれを、大根おろしの弱点と捉へるのはまちがひ。さういふちよつとした手助けで、天麩羅や厚焼き玉子は勿論、しらすでも秋刀魚でも水炊きでも、とんかつでもハンバーグでも、獨特の地位を得られるのだ。大したものではありませんか。同じ大根でも千六本に刻んだのでは駄目だし、おろす方に目を向けても、生姜や山葵や人参では、かうはゆかない。

 

 それなら大根おろしは、日本(風)の料理でしか、存分に味はへないかーと考へる時、たとへばフィッシュ・アンド・チップスに添へてあつても、不思議ではなささうな気はする。塩やヴィネガーの他に、グレイテッド・ラディッシュ・ウィズ・ジャパニーズ・ソイソース…即ち大根おろしに醤油を用意したら、WeeBooが集るロンドンのパブで、(小さな)人気を得るかも知れない。ギネスに似合ふかまでは、保證の限りではないけれども。

 或はアメリカ式のバーベキューなら、どうか知ら。仄聞するところによると、あちらのバーベキューは、下準備に相当の手間を掛けるさうで、見た目の粗雑…訂正、豪壮とは異る味はひを樂めるらしい。塩と胡椒や、濃厚なソースもいいけれど、丹念にすりおろした山葵と大根で、食べさせてみたい。日本文學に精通した翻訳家も、アメリカン・スタイル・バーベキュー・ウィズ・グレイテッド・ラディッシュ・アンド・ワサビは、経験しなかつたのだらうか。