閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1410 緩やかに変る

 お酒…ここでは酒精全般の意味で使ふ…の好みが、変つてきた。簡単に云へば、(所謂)濃いのが、どうも受け容れにくくなつて、我ながら齢を重ねたものだなあと、嘆息せざるを得ない。

 呑まないのでは勿論、ない。併し少量を含めば、十分に感じてしまふ。たとへば以前なら、フルボディの赤葡萄酒を一本、何と云ふこともなく平らげられたのに、この何年かで、グラスに二はいも呑めば、満足出來る。

 要は齢を経て、体が弱つたのだ。

 といふ指摘はある程度、正しい。ある程度と念を押すのは、酒量じたい、激減してゐるわけではないからで、弱体化の面はあるにしても、それより嗜好の変化の要素の方が、大きさうに思ふ。

 葡萄酒で云へば、赤より白、それも軽やかへの傾倒がつよくなつた気がする。いや元々、白葡萄酒は、軽やか好みではあつた。あつたけれど、辛くちと云はうか、斬れ味のすすどさに重きをおいてゐたのが、ここ暫くで、さうでもなくなつてきた気がする。

 シチリア島の一本…訂正、一ぱい。

 海老とスナップ豌豆の塩炒めがお摘み。

 先にブラジルのごく淡泊な白を呑んだのだが、それより少し明瞭でやはらかな味の輪郭が、實にうまかつた。併し満足を感じながら、おれはもつと、シャープな口当りを好んでゐなかつたかとも思つた。葡萄酒(いや日本酒もさうである)の味はひが、お摘みとの組合せで変るのは、今さら云ふまでもなく、その意味で私の感想は、正確さに欠けてはゐる。とは云へ嗜好の緩やかな変化ー大まかな矢印としてのーには矢張り、目を瞑れまい。この辺り、我がわかい讀者諸嬢諸氏には、想像が六つかしからうと思ふと、齢経りた特権が感じられてくる。