閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1413 おかいサン

 ここ暫く、湯煎するお粥を食べる頻度が、高くなつてゐる。梅とか卵とか何とかある中、私が好むのは何にもなしの白粥。

 尊敬する檀一雄が、草野心平に教はつたといふ“心平ガユ”の作り方を紹介してゐた。お米とお水を同量。そこに胡麻油を加へ、とろとろ炊くのださうで、(時間は掛かるけれど)“出來損ふ“シンペエは無い”さうだ。

 思ひかへすと、六十年近く生きてきて、お粥を食べる機會は、實に少かつた。水炊きや寄せ鍋の後のおじやは別ですよ。まつたく旨いものだけれど、あれをお粥と呼ぶ勇気の持合せはない。

 幼い頃の私は、病弱だつた。月に一度は熱を出し、三日くらゐは寝込んだから。お粥…大坂ことばでは“おかいサン”…を食べたのは、熱が引いた後、体調を戻す時くらゐ。鰈の煮つけと一緒に、作つてもらつた記憶がある。但しこんな時は、軟らかく煮た饂飩が殆どで、“おかいサン”は、滅多に出なかつた。

 病弱なひとの食べもの。

 お粥への印象はゆゑに、上の一言に尽きてゐた。経験とは、恐ろしいねえ。

 さて。確か臺灣では、朝にお粥を食べるのだ、といふ話を聞いた。いつだつたらう、奇異を感じたのは間違ひない。更にそのお粥は屋臺で、お椀に盛つて、あれこれを乗せてから啜るのだ、と聞いて今度は感心した。成る程これは一種の混ぜごはんである。手早く食せ、肉や野菜や魚介を一緒に摂れもする。ごはんだから腹持ちもいい。大した知恵ぢやあないか。

 それで早速、白粥を贖つてみた。湯煎で五分くらゐ。丼に移して食べた。塩ツ気も何にも感じられず、少しこまつた。こまつてから、臺灣流にするのが、きつと最善なのだと思ひかへした。

 梅干しや塩昆布、佃煮、温泉玉子。

 削り節に葱。

 鮭のほぐし身や鶏のそぼろ煮。

 うでた青梗菜、とろみのある煮白菜。

 醤油と塩、味つけぽん酢に麺つゆ、(食べる)辣油。

 檀一雄と草野心平に敬意を表す意味も含め、胡麻油を垂らすのも、よささうに思はれる。

 小皿にさういふのを幾つか用意し、ちよつとづつ啜れば、お粥を満喫出來るにちがひない。私は無精ものだから、丼に移したところに、お漬ものや塩昆布を乗せるに留つたけれど、それでも樂めたのだ。

 …さうだ、今度は近所の魚屋で、鰈の煮つけを買つておかう。熱が出てゐなくたつて、かまひはしない。