閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1414 實験

 先日、都内の某所で麦酒祭があつた。足を運ばない理由は無い。だから行つた。ニューナンブの頴娃君も、やつてきた。腰のかるい男である。

 先づは鶏の唐揚げを摘みに、勝沼の醸造所がつくつたIPAから。暑い中ではあつたけれど、麦酒と唐揚げの組合せは、私を裏切らない。

 麦酒のお代りを繰返しながら莫迦話。花は咲いても實はならない。さういふので、十分ではないか。それで頴娃君が不意に云ふには

 「貴君、生成AIを使つたことは、あるかね」

使つたことは勿論、無い。あれはネット上の情報を掻き集めて提示するだけで、信用に値しないと応じた。一方でかれは、使ふ場合があると云ふ。ものの云ひ方で迷ひが生じた時などに、他の云ひまはしが見当らないか、訊くのださうだ。ほほう、そんな使ひ途があるのか。

 感心してゐると頴娃君は、聞き方に注意が必要なのだとも教へてくれた。

 「妙に媚びた回答を、示すことがあるのだよ」

回答に疑義を呈すると、一旦肯定的に応答をする場合があるらしい。笑つていいものか、どうか。

 まあ確かに、この手帖を書くにあたつて、うまい云ひまはしが浮ばないことはある。誤字脱字もあり、或は適切でない構成に陥ることもある。そんな場合に、推敲を手助けしてくれるとしたら、生成AIも惡い計りではなささうに思へてくる。我ながら単純だなあ。

 さうなると、歴史的仮名遣ひを常用し、多少特殊な文字遣ひもするこの手帖を、生成AIがどう判断し、推敲するかが、気になる。一ぺん試してみるかと思つた。

 

 GoogleのAIに上の文章を“適切に推敲してもらひたい”と求めた。以下がその回答。

 

[ご提示いただいた文章は、旧字旧仮名遣いの格調高さを保ちつつ、軽妙な随筆の味わいが出ていて大変魅力的です。生成AI(私)への問題提起で締めくくられているため、その文脈への応答も含め、「元の旧仮名遣いと雰囲気を完全に維持した修正案」と、現代の読者がよりスムーズに読める「現代仮名遣いに改めた修正案」の2パターンを作成しました]

 

 冒頭からこれである。

 褒め殺しでもしたいのか知ら。

 それで、“元の旧仮名遣いと雰囲気を完全に維持した”と称する修正案がこれ。

 

 先日、都内の某所で麦酒祭があつた。足を運ばない理由は無い。だから行つた。ニューナンブの頴娃君も、やつてきた。腰の軽い男である。

 先づは鶏の唐揚げを、つまみに。勝沼の醸造所がつくつたIPAから始める。暑い中ではあつたけれど、麦酒と唐揚げの組合せは、私を裏切らない。

 麦酒のお代りを繰返しながらの莫迦話。花は咲いても實はならない。さういふので、十分ではないか。そこで頴娃君が不意に云ふには、

 「貴君、生成AIを使つたことは、あるかね」

 使つたことは勿論、無い。あれはネット上の情報を掻き集めて提示するだけで、信用に値しないと応じた。一方でかれは、使ふ場合があると云ふ。ものの云ひ方で迷ひが生じた時などに、他の云ひまはしが見当らないか、訊くのださうだ。ほほう、そんな使ひ途があるのか。

 感心してゐると頴娃君は、聞き方に注意が必要なのだとも教へてくれた。

 「妙に媚びた回答を、示すことがあるのだよ」

 回答に疑義を呈すると、一旦肯定的に応答をする場合があるらしい。笑つていいものか、どうか。

 まあ確かに、この手帖を書くにあたつて、うまい云ひまはしが浮ばないことはある。誤字脱字もあり、或は適切でない構成に陥ることもある。そんな場合に、推敲を手助けしてくれるとしたら、生成AIも惡いばかりではなささうに思へてくる。我ながら単純だなあ。

 さうなると、歴史的仮名遣ひを常用し、多少特殊な文字遣ひもするこの手帖を、生成AIがどう判断し、推敲するかが、気になる。一ぺん試してみるかと思つた。

 

 “元の文体や「手帖」の雰囲気を尊重し、助詞の補足や、より自然な接続への微調整のみ”を行つたさうで、変更点は

 

・「腰のかるい」を、他の漢字表記とのバランスを取って「腰の軽い」としました。

・「鶏の唐揚げを摘みに、勝沼の~」のつながりを、「つまみに。~から始める。」と区切ることで、リズムを良くしました。

・「惡い計りでは」を、通例の「惡いばかりでは」に修正しました。

・会話文の直後の地文(「使つたことは~」)の行頭を、一マス下げて読みやすくしました。

 

ださうである。そしてもうひとつ。“ネット記事や現代のコラムとして広く読ませたい場合の、一般的な表記案”がこちら。

 

 先日、都内の某所でビール祭りがあった。足を運ばない理由は無い。だから行った。ニューナンブの頴娃君も、やってきた。腰の軽い男である。

 まずは鶏の唐揚げをおつまみに、勝沼の醸造所がつくったIPAから。暑い中ではあったけれど、ビールと唐揚げの組み合わせは、私を裏切らない。

 ビールのお代わりを繰り返しながらの馬鹿話。花は咲いても実はならない。そういうので、十分ではないか。そこで頴娃君が不意に言うには、

 「貴君、生成AIを使ったことは、あるかね」

 使ったことはもちろん、無い。あれはネット上の情報をかき集めて提示するだけで、信用に値しないと応じた。一方で彼は、使う場合があると言う。ものの言い方で迷いが生じた時などに、他の言い回しが見当たらないか、訊くのだそうだ。ほほう、そんな使い道があるのか。

 感心していると頴娃君は、聞き方に注意が必要なのだとも教えてくれた。

 「妙に媚びた回答を、示すことがあるのだよ」

 回答に疑義を呈すると、一旦肯定的に応答をする場合があるらしい。笑っていいものか、どうか。

 まあ確かに、この手帖を書くにあたって、うまい言い回しが浮かばないことはある。誤字脱字もあり、あるいは適切でない構成に陥ることもある。そんな場合に、推敲を手助けしてくれるとしたら、生成AIも悪いばかりではなさそうに思えてくる。我ながら単純だなあ。

 そうなると、歴史的仮名遣いを常用し、多少特殊な文字遣いもするこの手帖を、生成AIがどう判断し、推敲するかが、気になる。いっぺん試してみるかと思った。

 

 序でながら、この“推敲”の最後には、かういふ“謙虚な姿勢”を見せてゐる。

 

 [生成AIは、ご指摘の通り「お追従」を言ったり、間違いを指摘されるとすぐに「申し訳ありません、ご指摘の通りです」と前言撤回したりする、少し調子の良いところがあります。ですが、こうした歴史的仮名遣いの文章を読み解き、リズムやニュアンスを整えるといった「壁打ち相手」としては、なかなか便利に使っていただけるかと存じます]

 

 推敲結果に対する論評は避けるけれど、使ひものにならないとまでは云へないか、とは思へた。予想の外と云つていい。文筆を生業とする人びとは、どう感じてゐるのだらうか。