冷し中華が、好物なんである。
具は細切りの玉子焼きと胡瓜、煮豚、紅生姜。練り辛子があれば、なほ好もしい。うでた海老やもやし、マヨネィーズ(東海人は求めるさうだが)は要らない。たれ…それともソップ?つゆ?…は勿論、醤油を基にした酸つぱいやつで、お願ひしたい。
今さら云ふまでもなく、この麺料理は日本生れ。發祥乃至元祖は、例によつて諸説ある。その諸説は、いづれも中華料理屋。単純に考へたら、ラーメンからの変化と云ひたくなるが、そもそも中華料理に、冷した麺料理はあるのだらうか。私の知る限り(せまい範囲なのは御容赦をば)中華人が好むのは、“熱い食べもの”であつて、きりきり冷したお椀やお皿は、用意が無い気がする。少くとも、広く名を知られる一品は、聞いたことがない。
思ふにこちらとあちらでは、地形がぜんぜんちがふ。水が当り前にあり、使へもする環境が、飲み食ひ…調理法に影響を及ぼすのは、不思議でも何でもない。尊敬する檀一雄は、日本人は清潔な料理に長けてゐるけれど、文字通りの肝腎を棄てて省みない、と歎いてゐて、その原因を遡つたら、水に恵まれ(過ぎ)た環境にまで、辿り着くのではなからうか。あちらの全土がさうでなかつたとは云はないにせよ、綺麗な水を勝手自在に使へる土地が、多くなかつたと想像するのは許される。今に残る中華料理の技法は、さういふ背景があつて成り立つた。
話が大きくなつてきた。
冷し中華に戻りませう。
「湿つぽくて暑いんだ。さつぱりした麺を、食べさしてはもらへんか」
さう求められて、こまつたらうな。中華料理屋の主だもの、大きな炎と鍋を操るのに馴染みきつた筈だから。これが中華人の店主なら、きつく拒んだにちがひない。
試行錯誤の過程で、日本人の舌に一ばん馴れた“冷たい麺料理”であるざる蕎麦は、影響したと思ふ。序でに云ふと、中華麺と蕎麦つゆの組合せは、姫路だつたと思ふが、熱い方で實在する。試したのはカップ麺のみゆゑ論評は避ける。まあこれは、余談。
もうひとつ、鯵の南蛮漬け…広く揚げ魚の甘酢あんかけも、影響した可能性はある。高温多湿の時期、あの喜ばしい甘酢つぱさが、中華料理屋の店主を刺戟しなかつたとは思へない。蕎麦つゆにも、甘酢あんも、そのままの意味でなく、冷たく締めた中華麺に似合ふ味つけを探る上で、役に立つたらう。…と書いてから云ふのだが、これはまつたく事實ではない。冷し中華史に就ては、随分と以前、(少し)調べたし、この手帖で触れた記憶もあるのに、それがどうだつたか、すつかり忘れてゐる。
そんなら何故、好き勝手な空想を膨らましたのか。マーケットで買つた冷し中華が、“本格”を謳つてゐたんです。五百円玉ひとつで、お釣りが出るくらゐなのに。もつと云へば
「これこそ、原型であり基本」
さう呼べる冷し中華なんて、存在するのか知らと思つたのだ。曖昧な“こんな感じでせう?”なのが精々で、“本格的な冷し中華”は、想像上の産物ではあるまいか。

尤も、想像上の(存在しない)本格的冷し中華より、實在するマーケットの、本格を謳ふ(併し怪しげな)冷し中華の方が、私にとつては余程に喜ばしい。我が冷し中華好きの讀者諸嬢諸氏には、如何だらうか。