閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1416 眞顔の三点セット

 麦酒。

 日本酒(但しお燗は珍しい)

 ハイボール。

 焼酎ハイ

 ※檸檬やグレープフルーツ、バイスの果物系。

 ※緑茶や抹茶、烏龍茶、或は紅茶のお茶系。

 時にホッピー(黑を置いてあるところは少い)や、(黑糖)焼酎、泡盛、稀にヰスキィや葡萄酒も目にする。呑み屋の品書きにある酒精は、まあこんなくらゐか。ざつと挙げただけでも、様々にあるものだ。

 ここで問題になるのは、何を呑み、何を摘むか…要するに組合せ。私は小父さんだからね、マリアージュなんて気取つた言葉は似合はない。日本語で云へるのに、わざわざカタカナ言葉を使ふのは、如何なものか知ら。

 愚痴は措きます。

 大体の場合、酒精は何種類か呑む。尊敬する吉田健一もさうだつた。寝台急行列車でシェリーを呑み、旅館に入つて日本酒を呑み、翌朝に麦酒を呑んだ後、再び日本酒を呑み、帰宅してからヰスキィを呑んだといふから、豪傑とかそんな域は、遥か彼方に過ぎ去つてゐる。見倣ひたくても見倣へないよ、これぢやあ。

 然もあの批評家と小説家を兼ねた呑み助は、旅館や酒藏…いや旅先の人びとに恵まれてゐた。詰り酒菜に苦辛せずともよかつた。いちいち引用はしないけれど、あすこまでゆくと、嫉みも腹立たしさも、感じるだけ、時間が勿体無くなる。これも文學のちからと呼ぶべきか。

 

 呑み助ではあつても、批評家も小説家も兼ねない男…即ち私は、残念ながらさういふ縁を持たない。従つて呑むにあたつては(旅先でなくても)、自らの目で酒菜を、何を呑んでゐるか、何を呑まうとするかで、撰ばねばならない。難問である。いや取つ掛かりなら、壜麦酒と鶏の唐揚げやハムカツといふ、“安定した組合せ”がある。お腹がある程度、くちくなつた後、も少し呑む。醉ひだしてゐると、いちいち考へるのも面倒で、こんな時、何を呑んでゐても“安定した酒菜”は無いものか。

 豆腐とチーズと佃煮。

 獨立してうまいし、組合せても当然、うまい。

 眞顔で云ふんですよ。

 この三点セットなら、何を呑んでゐてもいい。

 信じ難いと云はれるやも知れないが、充填豆腐とプロセスチーズ、昆布の佃煮なら、その辺のマーケットで賣つてゐる。大した値段でもないから買つてきて、罐麦酒とでも、パック入りの日本酒とでも何でも、あはしてみ玉へ。篦棒にうまいとは云はないが、他に用意がなくても、晩酌に不満を感じる心配はしなくていい。念を押すと、ぢやあ呑み屋でなくてもいい…と思つたら誤り。呑み屋の大将や女将さんは、酒肴に関して豊かな経験を持つてゐる。小遣ひから捻り出す呑み代は、その経験に裏打ちされた味にこそ、似つかはしい。

 

 ところで近所にかういふ、眞顔の三点セットを出してくれる呑み屋が、できないものだらうか。