カップ麺の元祖が、日清のカップヌードルなのは、今さら云ふまでもない。
發賣は昭和四十六年。
その五年前、米國にチキンラーメンを賣りこまうとした安藤百福が、あつちには丼が無ければ、お箸も無いと気がついて、開發に臨んだといふ。
何とか發賣に漕ぎつけた翌年の、あさま山荘事件に際して、機動隊員に配られて耳目を集めたのは、カップヌードルを語る上で、欠かせない逸話でせう。
当時の定価は百円。
昭和卅三年發賣のチキンラーメンは、卅五円だつたさうだから、干支一回りのちがひはあるにせよ、おそろしく高価な食べものだつたことになる。
併しお湯さへ沸かせれば、他に器は要らない(初期にはホークが添へてあつたらしい)し、具の心配もせずに済む。調理の手間暇まで踏まへれば、多少は割高であつても、妥当な値つけと思へなくもない。
初めて食べたのは、いつだつたらう。
私にとって初めての即席麺は、サッポロ一番の醤油味だつた。併しカップヌードルの記憶は残つてゐない。少年の私にとつて、食事は規則正しく用意してもらふものだつたから、カップ麺の入り込む余地が、ごく狭かつたのは間違ひない。もしかすると、カップヌードルに親しんだのは獨り暮しを始めてからかも知れず、だとしたら平成元年以降といふことになる。
世にカップ麺は色々とある。
形もカップ型だけでなく丼型もあつて、毎年毎月、新製品が出ては、その殆どが消えてゆく。その中で、カップヌードルだけが確固として残つてゐるのは何故か、不思議を感じることがある。細かな改良を重ねてゐるのは勿論、その他に
・お湯を注ぐだけでいい手軽さ。
・馴染み易い、最大公約数的な味。
・ラーメンでも蕎麦でも饂飩でもない立ち位置。
この三点―きらひな言葉を遣ふなら、それら“コンセプト”が正しかつたからではなからうか。
追随した各社は、どうしたつて眞似から始まらざるを得ず、更にそこから異なる方向を模索することになる。たとへば具やソップを別々の小袋に入れたり(なんでまた、あんな面倒を押しつけてくるのだらう)、有名店や有名人との協業を考慮したり、といつた具合。
一方でカップヌードルは、自分以外の眞似をしなくてよい。このちがひは大きいよ。開發当時の安藤が、最初からそこまで見据ゑてゐたのだとしたら、天才と云ふほかなくなつてしまふ。
今も偶に食べる。
飛び抜けてうまいとは思はないが、小腹が空いた時、気らくに素早く口に出來るし、それで裏切られた試しもない。詰りカップヌードルは發賣から半世紀余りを経てやうやく、ちよいと贅沢な一品から、ちよつとした腹の虫抑へになった。安藤にとつてこれは、満足のゆく結末ではなからうかと思ふ。
さて。この手帖の [1414 實験] で、GoogleのAI変換を試してみた。
少くとも私程度の作文力なら、使へなくもない道具とも云へる。
そこで今回は、AIで校正して、更に推敲した、上の一文をお届けした。
原文は [1414 實験] とちがつて、出す積りをしてゐない。
果して普段とどこか異ると思はれるのか、それとも変りなく感ぜられるのか。