閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

216 ワンコイン

 Mercianのbistroだつたり、SUNTORYのDELICA MAISONといふ葡萄酒がありますな。輸入した葡萄の果汁を使つた、えらく廉いもので、近所のドラッグストアで、720ミリリットル入りのペットボトルが300円少しで買へるんです。そんなのは概してまづいよと眉をひそめるひともゐるでせうし、まあ確かに大してうまくはないんですが、飲み込むのに躊躇するほどはまづくもない。手近なコップにさばつと注いで、柴漬けでももやし炒めでも置いて晩酌にする分には、これくらゐでもええンやないかなかと思へます。こんなことを云つたら、眞面目な讀者諸嬢諸氏からは

「佛蘭西でも西班牙でも、しやんとしたのを飲まなあ、いけません」

さう叱られるかも知れませんな。えらい眞つ当な態度と思ひます。尤もさう云ふひとが、果して佛蘭西やら西班牙の葡萄酒に似合ひのつまみ…食べものを用意してをられるのか、少々疑問を感じも致します。

 有り体に云つて、お酒が惡い。吉田健一が何十年も前に喝破してゐますが、お酒は少なからぬ場合、肴は必要最小限…漬物の切れ端、畳鰯、青菜の煮つけ程度で飲めますし、豪勢な肴を用意した夜だつて、鮑には牡蠣には鯛にはと銘柄を移さなくてもかまひません。寧ろ[初孫]なら[初孫]で(ここで具体的な名前を出すのは、わたしが好きだからなんですが)、最初から最後まで通す方が具合が宜しい。そこでお酒好きは勘違ひするんですな。

「お酒それ自体が旨いのが、いいお酒だし、またそれが望ましい姿なんだ」

そんな阿房な話、あるわけはありません。酒肴といふ言葉が示すとほり、両者は不二の関係。塩がひとつまみだの、焼き海苔があれば十分だの、恰好ええなあと思はないでもないですが、どうも本筋ではなささうに思へます。マーケットで投げ賣りの安酒でも、熱いおでんやら焼き鳥があればそこそこに飲めるもので、さういふ飲み方が正しい…までは云ひにくいにしても、嬉しくまた樂しい姿ではありますまいか。

 厄介なのはお酒なら粗末な肴でも一応は酒席…お酒の場が成り立つ点でして、併しどうかするとその感覚のまま、葡萄酒を飲んで仕舞ふ。ところが有り体に云ふと、つまみ以上の食べもの無しで葡萄酒を飲んでも詰らないし、感心も出來ません。そんなら安葡萄酒に何を組合せるんかといふ話になりまして、大体のところ、お酒に適ふ食べものなら葡萄酒にも適ひますな。ただ300円ですから、そこまで贅沢したくはありません。生ハムだの牛肉の煮込みだの、何とかいふチーズだのにはこの際ですから目を瞑つて、たとへば先にも書いたおでん。トマトを基にしたお出汁ならもつといいんですが、さうでなくてもいけます。こつらしいこつを挙げるとしたら、辛子ではなくマスタードを使ふことでせうか。酸つぱくなつたお漬物も宜しいもので、ピックルスに張り合へますな。お刺身の余りがあつたら幸運と云ふべきで、しやぶしやぶ風に湯通しすれば、立派に通用します。もつと簡単にピーナツと煮干しを乾煎りするつまみものがあつて案外にいい。熱いうちでないと、生臭さを感じるかも知れませんが。

 併し、ねえ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は呆れ顔になるかも知れない。丸太もまあいい齢なんですから、さういふところにお金と知恵を使ふのは勿体無いんではないの。と云はれたらすりやあさうかなと思へてくるが、葡萄酒は当り前に賣られてゐる中でも1本5,000円を下らないのは珍しくないし、さういふ葡萄酒ならあはせる食べものだつて、気を配らなくてはならなくなります。ブルネイの御大尽なら、朝晝晩でも平気でせうが、こちらは残念ながらそんなわけには参りません。こんなことを云ふと

「そんなら年に1回、気張つたらええでせう」

さう叱られさうな気もしてきて、云ひ訳をすると廉に樂しむ方法や組合せを多少なり、工夫する方が性にあふんです。申し訳もありませんが、ああそれが丸太好みなのかと、ここは考へて頂きませう。そんなこんなでbistroを含めて1,000円に収まる範囲で、どこまで気分だけは贅沢になれるか、これは試さんならんかと思つてゐるんですが、さて試して、どんな結果になるやら、さつぱり想像がつきません。

215 偶然

 寫眞は偶然である、といふ説がある。

 その偶然が面白いのだ、といふ意見。

 スナップを好むひとに、多いと思ふ。

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 与しかねるところはあるのだけれど…寫眞のテクノロジをテクニックで遊び尽した植田正治といふひとを尊敬してゐるのも理由だらうね…、偶然がなければ寫眞の面白みが減るだらう点には同意したい。Ueda-Chouは名高いテクニックだが、我われ素人がいつも眞似出來るものでもない。

 それに偶然に助けられれば、後から見て、我ながら案外、惡くないと思へる寫眞…乃至画像を得られたりもする。音樂や絵画にもかういふ期待は持てなくはないだらうけれど、それは音樂家や画家の技術と経験で昇華されるだらう。仮に偶然を感じる部分があつたとしても、それは意図的な偶然の筈で、さうでなければ完成には到らない。スマートフォンに保存してある画像を見て、そんなことを考へた。考へたのはいいが、先が纏まらないので、そのまま書きつけるに留めておく。

214 オールスター・キャスト

 最初にざつと辞書的な定義を調べてみた。幾つかを挙げると、以下の通りになる。

①俵形の握り飯とおかずとを詰め合わせた弁当。芝居の幕間に食べるものとして考案され、現在では最も一般的な弁当になっているもの。

②芝居の幕間に食べたことから。

小さな俵形に握って胡麻をかけた飯と、卵焼き・かまぼこ・焼き魚・漬物などのおかずを詰め合わせた弁当。幕の内。

③俵型の小さな握り飯とおかずが詰め合わされた弁当のこと。芝居の小休止である「幕間」を「幕の内」と呼んだことから、その時に食べる弁当の呼称となり、その後、同じタイプの弁当を指すようになった。小さな握り飯を指す「こむすび」が相撲の「小結」にかけられ、それが幕内力士であることから、ともいわれる。

④飯を小さな俵形に握ってごまを散らし、焼き魚・卵焼き・かまぼこ・煮物などおかずを何種類も詰め合わせた弁当。芝居の幕間に食べたことからこの名があるとされる。

 細かな差異はあるが、おほむね“俵型のおにぎりと何種類かのおかずをひとつに纏めた”お弁当を指すのだなと解る。序でにそんなら“(お)弁当”とは何ぞやと調べると

⑤外出先で食べるために持っていく食べ物。「手弁当

⑥外で食事をするために容器に入れて持ち歩く食べ物、またはその容器。中国・宋代の俗語で便利なことを意味する「便当」が外来語として入り、それに、外出先での食事に“便利”なものという意味が加わって、「弁当」という漢字が当てられた。

⑦屋外で食事をとる必要から携行する食物のこと。農・山・漁村や都市の諸技能者の間では,屋外の労働を目的としたとき、家に帰って食事をとれない場合に携行したが、その形態は地域ごとの食生活に応じて一様ではなかった。米飯、粟飯、稗飯、芋などが中心で、それによって容器も異なり、畑作地帯では稗や粟の飯を入れる網袋状の苞が多い。そのほか藺やわらなどで編んだ苞のほか、柳や竹の皮で編んだ行李、杉や桜をへいで曲げたワッパ、メンパの類があった。

⑧携帯用の食事。古くは行厨という名称を用いていた。また、カシワ、ホオなどの大きな木の葉、あるいはササの葉、タケの皮などを弁当容器にしていたため、竹葉を弁当の意に用いてもいる(中略)弁当ということばができたのは、織田信長安土城で大ぜいの人にめいめいに食事を与えるとき、食物を簡単な器に盛り込んで配ったが、そのとき配当を弁ずる意と当座を弁ずる意で、初めて弁当と名づけたという(中略)江戸時代になり弁当は大いに発達し、容器もいろいろくふうされてきた(中略)旅行用、外出用、行楽用のほかに、江戸後期には観劇用の弁当も開発された。日本橋芳町の萬久という店の観劇用弁当は、幕の内弁当といった。幕の内とは当時芝居の楽屋をいい、その弁当の煮しめをさしたのだが、昭和初期から幕の内の名は俵形の関西風の握り飯にゴマを振りかけたものの意として用いられた。これが駅弁に取り入れられて、幕の内弁当の名で一般化した。明治後期に洋風材料を加えたものを合の子弁当といったが、いまは中華弁当、洋食弁当、すき焼き弁当、とんかつ弁当など種類も多く、容器も多様化してプラスチック製のものが増えてきた。

 弁当の定義…⑤以降は大体酷いが、この一ばん最後は特に酷いくて、半分近く削つても初讀ですつと頭に入る文章ではない。語源と歴史と逸話が一緒くたで、リュックサックを振り回した後の、遠足のお弁当のやうに混乱してゐる。⑤から⑦を含めていちいち推敲するのは面倒だから、そこは省略するが、これだけの材料があれば、もちつとましな書き方があるだらうと思はれる。項目の筆者が惡文家だつたか、編輯者が無能だつたか。両方だつたのだらうな、きつと。

 それは兎も角、この稿での話題が何か、ちやんと触れてゐなかつたから申し上げると、幕の内弁当である。焼き肉弁当でもハンバーグ弁当でも鶏の唐揚げ弁当でもなく、幕の内弁当。勿論好きだからで、こんな時にそれ以外の理由を挙げる方が寧ろ六づかしい。併しさうなると焼き肉でもハンバーグでも唐揚げでもなく、幕の内を好む理由はなにだらうとなつて、その疑問には、“卵焼きや蒲鉾、焼き魚にお漬物に煮物”といふ賑々しさがいいのだと応じたい。日本映画の最盛期、“オールスター総出演”なんて銘打つて、忠臣藏をやつたりしたでせう。 大石内藏助、浅野内匠頭吉良上野介堀部安兵衛俵星玄蕃大石主税、お軽に勘平。實在の人物から“仮名手本”の架空の人物まで、大御所から新進気鋭まで、豪華絢爛な配役が出來た。ああいふ映画は西洋にあるのか知ら。ダルタニャンの物語なら花やかな映画になるだらうが、たれに監督を任せるのか。咄嗟に浮んだのは『アマデウス』のミロス・フォアマンだつたが、残念なことにかれは故人となつて仕舞つた。ならば『薔薇の名前』のジャン=ジャック・アノーか。それでオールスター・キャストなら、是非とも観たいと思ふが、さて、完成までに何年かかつて、幾ら必要になるのか知らねえ。

 えーと。

 さうだ。

 幕の内弁当の話。どこから話が逸れたのかと云へば、俵型のおにぎりに“卵焼きや蒲鉾、焼き魚にお漬物に煮物”の賑々しさからオールスター・キャストを連想したからだつた。現代ではコロッケや白身魚のフライ、竹輪の磯辺揚げ、金平牛蒡に鶏そぼろまで加はるから、まつたくのところ、どこから手をつけていいのやら、困つて仕舞ふ。併し見方を変へれば、その困惑が幕の内弁当の魅力でもあつて、食事と肴を兼ねる点では、焼き肉もとんかつもハンバーグも鶏の唐揚げも、幕の内弁当にはとても及ばない。わたしの場合、一ばん最初はおにぎりの眞ん中に埋め込まれた梅干し(大体は小さくて硬いやつ)を食べる。格別に旨いわけではないが、あの酸味が、おれはこれから幕の内弁当をやつつけるぞといふ気分を盛り上げてくれるからで、前半はおにぎりと、それに適ふおかず…コロッケやフライをつまむ。罐麦酒くらゐ飲む。後半はお酒か葡萄酒。幕の内弁当に葡萄酒ですかと訝しむひとの為に云ふと、焼き魚や煮物は意外なほど似合ふ。葡萄酒は食べものがあつて葡萄酒なのだから、藏はもつと大きな聲で、かういふことを知らせなくちやあいけません。ふろふき大根と鰯の塩焼きでコップ一ぱいの葡萄酒をやつつけるのも惡くないのだし、さういふ愉しみを偶然に任せるのは勿体無いもの。

 また話が逸れた。幕の内弁当に戻ると、何をどの順で食べるべきか、決りがあるわけではない。もしかして、“幕の内弁当の標準的な献立、配置及び食べ方(全國幕の内弁当愛好者協議会編)”といふ規範があるのかも知れないが、仮にあつても参考にするのが精々だらう。併したつたひとつ

「家での食事にはしない」

ことだけは守つた方がよいと思はれる。語源であらう芝居や相撲見物の合間。或いは旅行の特別急行列車の中で。お花見、月見、紅葉狩り。さうでなくても公園の芝生で。食事の上の決り事…作法などと呼んでもいい…から遠い食べものなのだから、場所もまたさうである方が好もしい。淵源がさうだつたからと云ふだけでなく、その方が断然うまいからでもある。お行儀と徳利をちよいと脇に置いて、鰤の照焼きか玉子焼きか、それとも佃煮からか、食卓だとお箸を迷はせるのは叱られるけれど、それが大目に見てもらへるのもまた、幕の内弁当に許された特権なんである。だから幕の内弁当のおかずは、箱庭趣味にちまちましてゐてもらひたい。そこで連想されるのは盆栽や袖珍本、枯山水なのだが、そこまで踏み込むと幕の内弁当に戻ることが出來なくなりさうなので、気鋭の弁当學者の研究に期待したい。

213 古めかしい魚屋

 鮭の字は元々、サカナ全般だか何だかを指してゐて、あの魚は魚ヘンに生と書くのです、といふ話をどこかで讀んだ記憶がある。記憶なので間違つてゐる可能性が高いから、眞に受けない方が宜しい。魚ヘンに生の字はわたしの環境で変換出來ないから、ここからは鮭とするが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、圭の部分を生だと思つてもらひたい。

 實際がどうかは兎も角、鮭には冬の魚といふ印象が強い。陋屋の近くには古めかしい魚屋があつて、師走の聲を聞くと店の前に“新巻鮭あります”と貼り出す。一ぺんその新巻鮭を買つて、鍋に仕立てたり茸と一緒に味噌で炒めたりしてみたいものだが、どう考へても使ひ切る算段が立たない。腐らして仕舞ふのは勿体無いから、手を出せないでゐる。獨居老人はかういふ時に損ですな。

 話が逸れた。冬の魚の印象は新巻鮭の貼り出しもさうだとして、わたしの場合、鍋ものの種が大きな理由。水炊き乃至寄せ鍋に入れる。白身魚ですからね、美味いものですよ。鱈もいいが、もしかすると鮭の方が好きかも知れない。併し實際鮭は冬の魚なのか知ら。その辺で賣つてゐるお弁当で見掛けるのは稀ではないし、お惣菜屋でも、マーケットでも、古めかしい魚屋(調理したものも賣つてある)でも、鮭といへば鰯や鯖と並んで、年中ありふれた魚介ではなからうか。いやありふれたとは鮭や鯖、鰯に失礼で、それだけ我われの食卓に馴染み深いと云ふべきだらう。

 かういふ時は何といつても『檀流クッキング』が参考になる。早速取り出すと、果して[サケのヒズ漬と三平汁]といふ項がある。“ヒズ”は“氷頭”と書く。頭の軟骨。それがたつぷりついてゐる部分を

「そのまま皮ごと、薄く切り、酢をかけ」

ると、たちまちに氷頭の鱠が出來るさうで、美味さうですな。この鱠は『美味放浪記』の[厳冬に冴える雪国の魚料理]でも触れられてゐる。こちらは料理屋で食べたものだから、軟骨にととまめ(いくらの湯通し)をあしらひ、大根おろしをまぶした豪華版。小説家が鮭の肉を味はつたのは云ふまでもなく、ここは引用せずにはゐられない。

 「本番は鮭の大きな切身を竹串に刺して焙ったものだ。表面が狐色を呈していたから、醤油でもつけたのだろうかと思ったが、そうではない」

 「鮭の脂が滲んだものらしく、その皮のパリパリとした味わい、肉のしまりと、とろけるようなうまみと、まったく以て、どんなにほめてもほめきれるものではないような気持ちがした」

たつた三行で脂のはぜる音、烟が立ち、香りがたちこめて、いかにも旨さうな鮭の分厚い肉の味はひがこちらの舌に浮んでくる。かういふのを名文と呼ぶのだが、食慾をきつく刺激されもして、まつたく迷惑な名文でもある。腹立たしい。

 さう云へば水戸の光圀公は鮭の皮が大の好物だつたさうですな。厚さ三寸の鮭皮があれば十万石と交換してもいいとうそぶいたとか。確かに魚の一ばん旨いところは皮の直ぐ下だとはよく聞くけれど、またわたしも好物でもあるけれど、三寸の皮つてステイクでもあるまいし

「見よ、十万石の鮭皮ぢや」

なんて自慢されても、ぼんやり顔ではあと呟くくらゐしか出來さうにないよ。とぼやいてから、併し後世、“越後の縮緬問屋の隠居こと光右衛門”になつて仕舞つた人物が何故、それほど鮭(の皮)を好んだのか知らとも思つた。

 本州で鮭といへば新潟(村上市三面川)だらう。さう考へて念の為、確かめると、いや念の為は大事ですね、那珂川といふのがあつた。栃木那須岳を源流に大洗町ひたちなか市の辺りで太平洋に流れ込む川。鮭が遡上することで知られ、穫れた鮭は水戸徳川家に献上されたといふ。旨かつたのはこれで十分想像出來る。水戸藩主の光圀公が献上の鮭に舌鼓を打たなかつたと考へるのは寧ろ無理…何しろ饂飩を打つのが趣味だつたし、明國の亡臣を引き取つて、拉麺(の原型)を啜つたくらゐだから、喰ひ意地の張つたひとだつたのだらう…といふより、余程好みに適つたにちがひない。でなければ、鮭の皮の旨さに熱狂しなかつた筈だ。

 尤も光右衛門…御隠居…光圀公には惡いが、鮭の皮は塩焼きのそれをそのまま食べるより、食べる前に皮を取つて刻み、乾煎りする方がうまい。薄切りのベーコンと同じく、脂を飛ばすやうに煎りつけるのがこつで、かりつとなつた熱いのを、そのままつまむのがいい。食べ切れなささうなら刻み方を細かくして、かりかりまで煎れば、次の日くらゐまでは保つだらう。少量のマヨネィーズで和へ、サンドウィッチに使ふのも惡くない。麺麭に挟むのかと思ふ方もゐるだらうが、うまいものですよ、案外と。尤も上代の新潟人は鮭の皮を服や靴に使つたさうだから、舌鼓を打つ現代の我われを奇怪な目で見るかも知れない。

 鮭が凄いのは肉や皮や卵だけでなく、内臓も食べられることで、めふんといふ塩辛がある。アイヌ語のメフル(腎臓)を語源にする腎臓の塩辛。女奮の字をあてることもあるさうで、性的な何かがある(と思はれてゐた)のか知ら。食べたことがないから、わからない。デートで機会があれば、試してみなくちやあ。さうなると使へないのは骨だけかとなるのだが、さにあらず、骨を鉈で細かく叩いて、大根おろしと味噌で和へる食べ方があるといふ。旨いに決つてゐるよ。ごはんに乗せてもよささうだし、ごはんに乗せて適ふ食べものはお酒にも適ふから、恰好の肴にもなるにちがひない。一尾の鮭があれば、おかずも肴も食事はほぼ完結する。かう書いてゐたら、鮭が食べたくなつてたまらなくなつた。今夜は近所の古めかしい魚屋で塩鮭を買つてくるとしませう。

212 トップ・スリー

◾️鮨種

 はまち、鮪(赤身)、烏賊。

◾️おでん

 大根、玉子、厚揚げ。

◾️お漬物

 野沢菜、白菜、沢庵。

◾️お味噌汁の種

 溶き卵、豆腐、油揚げ。

◾️もつ焼き

 はらみ、レヴァ、かしら。

◾️水炊き(乃至寄せ鍋)

 豆腐、豚肉、菠薐草。

◾️天麩羅種

 鱚、穴子、茄子。

◾️立ち喰ひ蕎麦の種

 たぬき、掻き揚げ、月見。

◾️洋食

 ビーフシチュー、ハンバーグ、海老フライ。

◾️居酒屋のおつまみ

 鶏の唐揚げ、ほつけの塩焼き、烏賊の沖漬け。

◾️ビジネスホテルの朝バイキング

 ソーセイジ、スクランブルド・エグズ、柴漬け。

◾️カレー・ライスに適ふ飲みもの

 氷水、カフェ・オ・レ、林檎の發泡酒。

◾️試してみたい組合せ

 露國のカヴィアとウォトカ、佛國の牡蠣とシャブリ、伊太利のパスタと葡萄酒。


 外にも挙げ出したら切りがなく、食べもの飲みものに限らなければ、たとへば

・プロセスの技

 全盛期ジャイアント馬場のランニング・ネックブリーカー・ドロップ、若手の頃のジャンボ鶴田のジャーマン・スープレックス・ホールド、スタン・ハンセンのウェスタン・ラリアット

・特撮に登場する戦闘機

 ウルトラホーク1号、コロニアル・ヴァイパー、X‐ウィング・ファイター(ジェットビートルは残念ながら“戦闘機”ではないので除外)

・探偵/ミステリ小説

 クリスティの『アクロイド殺害事件』、クィーンの『Yの悲劇』、アイリッシュの『幻の女』

司馬遼太郎の長篇

 『国盗り物語』、『空海の風景』、『坂の上の雲

・怪獸映画の敵役

 レギオンキングギドラガイガン

・ライカ

 Ⅲf、M3、M6。

ニコン

 F3、NewFM2、EM。

サザンオールスターズの唄

 『Oh! クラウディア』、『Dear John』、『死体置場でロマンスを』

 まだまだ續けてもいいけれど、このくらゐにしておきませう。この云はば三幅対…トップ・スリー方式はどうやら西洋的な感覚らしい。ほら“父と子と聖霊”とか“金銀銅メダル”とかのあれ。我われの伝統は四者並立で、青竜朱雀白虎玄武を挙げればいい。中國だよそれはといふ指摘は正しいが、我が國がさういふのを取り込んだのもまた、事實であると切返しておかう。但し三幅対と云つても並立ではなく、順位がある程度にしてもはつきりしてゐる。實際ここまで書き出した“三大何々”にも、微かに(また確かに)わたしの中で順位はある。それに正直なところ、さういふ順位を感じながらの方が書いても樂に感じもする。比較し易いからだらうか。だらうな。オンリー・ワンだとそれ以外は全部否定になる…なりかねず、ベスト・テンならそもそも挙げるのが面倒になる。三つくらゐが褒めたりくさしたり、その辺りの具合が宜しい。異論反論疑念も出し易いのではないか。そこで気になるのは、前述のトップ・スリーが我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にとつてどうなのかといふことで、思はれるところを聞きたくもあり、そつとしてもらひたくもある。

211 西ヘ上ル

 北上といひ、南下といふ。東西にも上リ下リがあつて、西上東下といふ。東國の蕃族が都に行くのは西行きだからさうなつたのだらうか。その辺はよく判らない。沖縄では東を“アガリ”、西を“イリ”と呼ぶのを思ひ出した。云ふまでもなく陽の動きに即した呼び方だが、それと上リ下リに関連があるのか、矢張りはつきりしない。語感だけでいふと逆さにも感じられるが(そもそも“アガリ”と“イリ”は古い和語なのか琉球言葉なのか)實際のところはどうなのか知ら。兎にも角にも、西には上ルもので、年が暮れる頃にはわたしもさうする。

 東京から大坂への移動は幾つかの経路が考へられる。一ばん簡単なのは東海道新幹線で、わたしは例年“ぷらっとこだま”を使ふ。今回もさうする積りでもある。出來る限り廉価にあげるのなら、東海道本線を使ふ方法もある。尤も一日で動くのは可成り億劫。十年以上前に試したけれど、その時は名古屋で一泊したから、結局その出費が電車賃より高くついて仕舞つた。もつと廉にしたいなら高速バスがある。ただ八時間くらゐかかるし、撰べる時間帯が早朝や夜中で、到着の後の疲労感が酷い。何べんか使つたけれども、草臥れるのと、いつだつたかトンネルの崩落事故があつてからは利用する気になれない。速さに目を向ければ飛行機だらうか。併し随分と割高に感じられるし、乗降に到る時間や飛行場からの移動まで含めれば、要する時間は東海道新幹線と大してちがはない。札幌や那覇なら兎も角、東京から大坂の移動にわざわざ撰ぶ理由は見つからない。矢張り“ぷらっとこだま”が(わたしの場合)最良の撰択になる。

 かう書くと我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から疑義が呈されるやも知れない。いはく

東海道新幹線を使ふのに、こだま號を撰ぶ必然性があるとは思へない」

まことに尤もである。普段ならわたしだつて、のぞみ號を使ふ。併し今回は所謂年末から年明けにかけての帰省である。大慌てで動くべき事情はない。新幹線でざつと四時間といふのは、長すぎもせず、遅すぎでもなくて、さういふ感覚の持ち主からすると、のぞみ號が二時間半とかそれくらゐで東京驛から新大阪驛まで駆け抜けるのは異様な速さに思はれてならない。考へ方によつては、居酒屋で賑々しく騒ぐ程度でもあるから、短い時間ではないのだが、距離との関りでさう思へるのだらう。0系新幹線の旧式な感覚だなあと云はれてもやむ事を得ない。とは云ふものの四時間あれば麦酒を三本に葡萄酒の小壜だつて飲める。幕の内弁当にチーズやクラッカー、サラミなんぞを用意(或は途中で追加)すれば、“居酒屋 こだま號”である。のぞみ號の快速ぶりは大したものとして、“居酒屋 のぞみ號”の開店は六づかしからう。

 ここで我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は疑問を抱くかも知れない。

「呑み助の筈の丸太が、四時間で罐麦酒三本に葡萄酒の小壜では、少ないのではないか」

まあ、そのお気持ちは判らなくもない。判らなくもないし、呑み助なのは否定もしないが、だからと云つてたくさん飲めるわけではなく、四時間飲み續ける積りでもない。それに少なくとも新横濱驛までは飲み始めず、米原驛を過ぎる辺りでお開きにするのがわたしの習慣で、更に途中でぼんやりする時間を差引きすれば、“居酒屋 こだま號”の営業時間は實質的に三時間にも届かないのではないかと思ふ。だつたら、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は呆れ顔になるかも知れない。

「のぞみ號で東京驛から始めて、新大阪驛で終らしても、変りはないぢやあないの」

そのご指摘は一応、尤もである。尤もではあるのだが、新横濱驛までと米原驛を過ぎてからは、気分として地元である。そこに始めと終りをもつてくるのはしつくりこない。第一、乗車早々から下車ぎりぎりまで飲み食ひを續けるのは、お行儀が惡い。さういつた諸々の事情を鑑みながら、西ヘ上ル計劃…主に何を飲むか。それで食べものの方針が決る…を立ててゐる。

210 平成最後の甲州路 第10回‐余話

 [平成最後の甲州路]がこの稿に到るまで、番外を含めて10回。道中の[甲州路リアルタイム]は全15回。不定期の更新ながら、これだけの分量になつたのは久しぶりである。終つてから、ここまで分割しなくてもよかつたかも知れないと、後悔を感じなくもない。

 「だつたら、ここまでの全部をひと纏めにするのはどうでせう」

と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から助言を頂けるだらうか。お気持ちは判るし、有り難いとも思ふけれど、残念なことにさうはゆかない。分割をする場合だと、その分割の中で一応は完結させなくてはならず、仮にここまでの全部を順番に並べ纏めるとして、可成りの推敲をせざるを得なくなる。ある小説家が月刊誌に1年の連載を求められた時、最初に全篇を書き上げ、月毎の分割を目論んださうだが、いざ書き上げた後、“毎回の盛上り”に欠けることに気がついて、書き直したといふ。それと同じことになるだらう。六づかしいものです。

 次回があるとして(ほぼ間違ひなくあるだらう)、同じ方式を採るかどうか。“不定期連載”の利点は記録を兼ね易いことで、そこは惡くない。併し書き續ける面倒があるのも、事實の一面として認めざるを得ない。なら一ぺんに書けば済むのかと云ふと、今度は分量の問題が顔を出す。さうなると全体の構成を凝りたくなるとも予想出來て、準備を整へて、書ききるまでどの程度の時間を要することやら、見当もつかない。矢張り六づかしいものだなあ。

 まあその辺は後日、頭を捻るとして、今回の甲州行は終日、好天に恵まれた。例年より気温も低くなかつたのはまことに有り難かつた。風が冷たかつたりしたら、何しろわたしは性根が弛いものだから、きつとうんざりしてゐたらう。タキシを頻用したお蔭で、足の負担が少なかつたのも弛い性根には適つてゐた。頴娃君は歩けなかつた…詰り寫眞を撮りにくかつた…のが不服さうだつたが、それはかれの事情である。北杜も勝沼も広いくせにバス網は貧弱だから、タキシを使つたのは、移動の判断として合理的だつた。

 併し裏の課題として挙げてゐた、“食べものとの組合せ”はまつたくのところ、不十分であつたと云はなくてはならない。セレオのお弁当やお惣菜は惡いものではなかつたけれど、何とはなしに普段通りになつて仕舞つたのは、こちらにすれば失敗だつたし、折角驛に近いホテルを撰んだのに、外で飲まなかつたのは悔やまれる。甲斐の葡萄酒。鶏もつ煮に煮貝。味噌やチーズ、燻製。それから富士桜ポーク。地元のひとがざはざはしてゐる場所で味はへば、当り前の唐揚げでも焼き鳥でもおでんでも干物でも、或はちよと気取つたバーニャカウダや牡蠣のオリーヴ油漬け、ハムにベーコンにソーセイジの類(隣の信州は馬刺しが旨い土地だといふから、甲州だつて期待出來るだらう。何故試さなかつたのか知ら。さう云へばタタール式ステイクなら葡萄酒に適ふと思ふのだが、そんな話はまつたく聞いた記憶がない。これは甲信の怠慢ではあるまいか)も美味い…美味く感じられるにちがひない。さういふのは近所でも出來るんぢやあないのと云はれるかも知れず、それはまあ正しくもあるかと思はれて、たださういふのを旅先で實行に移したことがない。それだから一ぺん、やらかしてみたいのだが、これはもしかすると独りで甲府に行く時の愉しみに残すのが賢明だらうか。特別急行列車か高速バスで、“甲府まで飲みに行く”のも惡くない趣味でせう。

209 平成最後の甲州路 第9回‐葡萄酒リスト

◾️勝沼ぶどうの丘 試飲篇 前半

 (※を除いて白)

 甲州ヌーヴォー(2018)

  原茂ワイン

 あさやヌーボー(2018)

  麻屋葡萄酒

 Rubaiyat ヌーヴォ マスカット・ベーリーA(2018) ※

  丸藤葡萄酒

 辛口 アジロン 新酒(2018) ※

  大泉葡萄酒

 Rubaiyat デラウェア(2017)

  丸藤葡萄酒

 クラノオト デラウェア(2017)

  フジッコ

 Muku Blanc(2017)

  五味葡萄酒

 プレミアム・セレクト(2016)

  五味葡萄酒

 フルール 甲州(?)

  まるき葡萄酒

 Rubaiyat 甲州(2015)

  丸藤葡萄酒

 Rubaiyat 甲州 シュール・リー(2016)

  丸藤葡萄酒

 甲州 シュール・リー(2017)

  大泉葡萄酒

 重畳 甲州(2017)

  ?

 Haramo Blanc(?)

  原茂ワイン

 生詰め 勝沼 甲州(2016)

  まるき葡萄酒


◾️勝沼ぶどうの丘 試飲篇 後半

 (※はロゼ)

 マドゥーロ・ヴィーニョ 樽熟成(?)

  蒼龍葡萄酒

 グラン蒼龍(?) ※

  蒼龍葡萄酒

 HARAMO ADIRON(2017)

  原茂ワイン

 HONJYO マスカット・ベーリーA(2016)

  岩崎醸造

 Cuvee マスカット・ベーリーA(2017)

  イケダワイナリー

 Kinjyo Rouge(?)

  錦城葡萄酒

 Rubaiyat Rouge(2013)

  丸藤葡萄酒

 KAI NOIR(2016)

  シャトレーゼ・ベルフォーレ・ワイナリー

 Rubaiyat(?)

  丸藤葡萄酒

 MIWAKUBO メルロー&プチベルドー(2017)

  マルサン葡萄酒

 十二原メルロー(2017)

  大和葡萄酒


◾️シャトー・メルシャン 試飲篇

 (※は有料)

 甲州きいろ香 キュヴェ・ウエノ(2016)

 甲州グリ・ド・グリ

 北信シャルドネ アンウッデッド

 北信シャルドネ RGC 千曲川左岸収穫

 穂坂マスカット・ベーリーA

 マリコ・ヴィンヤード メルロー

 城の平ロゼ(2017) ※

 長野メルロー(2016) ※

208 平成最後の甲州路 第8回‐11月25日

 起床午前7時。好天。

 サッポロ黒ラベル助六で朝めし。チェックアウト後、山梨県立美術館を目指す。バスの時間の関係で、驛前の“よっちゃばれ広場”を眺めると、ラーメンだが何だかの催しが開かれてゐた。惡くはないが、麦酒を飲めさうな気配がなかつたので、その場を後にバスに乗る。美術館まで15分。

 美術館の前には公園があり、木々が繁つてもゐる。例年は紅葉が鮮やかなのだが、どうか知らと気にしながら、頴娃君は特別展のドービニーを観る。わたしは愛しのお針子カトリーヌに逢ひに。何べん見ても飽きることがないから、何べんも絵の前に戻り、戻りつつ彼女…この絵については稿を改めて書かねばならぬと思つた。ひよつとして係員は妙なひとがゐるなあと感じただらうか。

 館内には[角笛を吹く牛飼ひ]が新しく収蔵されてゐた。題名は牛飼ひだけれど主役は牛で、暢気なのか寂しげなのか。このモチーフをミレーは好んだのか、解説文によると幾つか類似の構図で描いたさうだ。[種を蒔くひと]もさう(この美術館とボストンに収藏されてゐる。スケッチや下描きを含めればもつとあつたかも知れない)だが、あの画家はどうやらしつこい性格の持ち主だつたのではないか。かれが寫眞家だつたら…肖像寫眞が残されてゐるから、既に基本的な技術はあつたと考へていい…、どんな態度で被寫体に臨んだだらう。

 外に出ると色づきが不安だつた紅葉も光を彩りを与へられたたお蔭で惡く。目を遠くにやると、やや霞みながら富士の姿を見ることも出來た。いい気分である。但し美術館の周辺はどうもゲームのポイントにもなつてゐるらしく、プレイヤーらしいひとを何人か見掛けた。大聲であれこれ話し込んでゐて、場所が広いから八釜しくはなかつたけれど、藝術的ではないなあと息をついた。

 通りに沿つたセブンイレブンでキリン・ラガーと親子丼と唐揚げ串。親子丼なのにどうして唐揚げ串まで買つたのだらう。不思議に思ひつつ、美術館前の公園で晝めしとする。コンビニエンス・ストアの食べものだから、大してうまくない筈だが、好天で凪いだ公園が、いい調味料になつてくれた。頴娃君はあんまり空腹ではないと云つてゐたのに、もつ煮と唐揚げと中華まんを頬張り、ヱビスに七賢まで飲んでゐた。かれの食慾は信用ならない。

 再び館内に入ると、ロビーで小規模なコンサートが催されてゐた。ピアノとソプラノ。歌劇から短い歌を数曲。ソプラノを生で耳にするのは初めてだつた。広くないロビーとは云へ、マイクを使はずに聲を響かせたのには驚いた。終つてから大きく手を拍いたら、丁寧にお辞儀を返してくれたから、きつといい歌手なのだと思ふ。午后3時2分發のバスで甲府驛に戻つた。

 驛前に高校生が大勢、集つてゐる。書道フェスティバルだか何だかを開きたいから、募金をお願ひしますと聲を張り上げてゐて、さういへば朝からゐたなあと思つた。一所懸命にちらしを配つてもゐて、旅行者だからもらつても足を運べない。説明するのも面倒だから、少し距離を取らうとしたら、頴娃君が女生徒から受け取つてゐた。きつとこの催しに熱心で、可愛らしい娘さんだつたのだな。セリオに入り、まるき葡萄酒の“ぎゅっとワイン”とアサヒのドライプレミアム“豊醸”、それから焼き鳥を3本(肉とねぎまと皮)を買ふ。頴娃君は驛構内に入つてから、壜詰め地麦酒を買つて

「(お店の)お姉さんが(蓋を)抜いてくれた」

と喜んでゐた。乗車は午后3時55分發のスーパーあずさ22號。

 甲府驛を出たのは約3分遅れ。途中の停車は八王子と立川のみ。ゆつくり飲みながら窓外に目をやると、陽が暮れ落ちなんとする時間帯。残照が青と紅に彩られ、美事な夕景を呈してゐる。佳い情景を目に出來たねえと云ひあふ内、その余韻も失せて外は夜になつた。焼き鳥を頬張り、“ぎゅっとワイン”を含んでゐたら(ちよつとした晩酌ならいける)、頴娃君が唐突に

「葡萄酒の味見をする時、口を大きく、もごもご動かしますな。あれあ、何故です」

「ちやんとした理由は、判らんです。わたしの場合だと、空気を混ぜて鼻に香りを通すのと、口の中全体に行き渡らせてゐる気がします」

「さうですか。お酒と少々、異なりますな」

納得し難い表情だつたので

「すりやあ貴君、正しいところは、U氏に訊くべき疑問ではなかつたかと思ふですよ」

と云ふとかれはあつと小さく聲をあげ

「仕舞つた。昨日は思ひつかなかつたよ」

これあ次の機会を計劃しなくてはならんみたいですなあと笑つてゐたら、スーパーあずさ22號はいつの間にやら八王子を過ぎ、立川も過ぎてゐる。塵を片付け、荷物を整理する内、特別急行列車は恙無く新宿驛に滑り込んだ。3分の遅れは綺麗に解消されてゐたから、運転手が上手く調節したのだらう。降りてから、家に帰るまでが遠足だよと云ひあつた。解散してから煙草を吹かして帰宅。罐麦酒を1本空けて、布団に潜つた。

207 平成最後の甲州路 第7回‐11月24日

 起床午前6時半。朝めしは穴子と握り鮨。

 甲府驛發午前9時38分の中央線に乗つて、勝沼ぶどう郷驛まで。到着は同10時3分。驛前にゐたえらく愛想のいい小母ちやんに教はつた道順をぶらぶら歩いて[葡萄の丘]へと。

 タートヴァン…葡萄酒用の利き猪口を1,100円で購入して、地下のカーヴに降りる。午前中なのに中々の賑々しさ。芽出度いなあと思ひながら試飲15種をきこしめ、上に出る。

 お午に少し早い時間帯に同レストランでハンバーグ(ソップと麺麭)思つてゐたよりは惡くなし。絶讚するほどではなかつたか。それからグラスで蒼龍。ウェイターの青年がひどく早口だつた上、聞き返しにくい顔つきの所為で、ヴィンテージはよく解らなかつた。

 麺麭でソースまで綺麗に平らげ、混雑してきたレストランを後に、再び地下カーヴに降りて試飲を12種。何を試したかは別稿に纏める。満喫且つ満足してからタキシで移動。

 この日の樂しみは[シャトー・メルシャン]のプレミアム・ツアー見學。午后2時からの回は我われを含めて総勢6人の参加だつた。案内は元工場長のU氏。

 最初は地下の保存庫。全部で1,000樽ほどあるといふ。樽ひとつで250~270壜くらゐの量になるとの話。殆どがフレンチ・オーク製だが、一部にアメリカン・オーク製もあるさうで、更に形状によつてボルドーブルゴーニュに分けられる。尤もU氏いはく

「ぱつと見、判らないのも、ありますがね」

 見學のルートが変更になつてゐて、これまで立ち入れなかつた製造工程の場所へも入れたのが嬉しい。今は醗酵樽として使つてゐる巨大なステンレスのタンクがあつて、これはU氏が導入を決めたのだといふ。赤用と白用で構造にちがひがある。

 途中、ふと目をやると“酸欠注意”と書かれた看板があつた。物騒だなあと思つてU氏に訊くと

「ガスが出ますからね、気をつけなくちやあ、なりません」さうして扉の上にあるランプを指して「あれが廻つてゐたら、中に入りません。扉を開けて換気することになつてゐます」

そのくせ昔はさうでもなかつたと言を繋いで

「ガスは重いですからね、しやがまなければまあ、大体は平気です。うつかりしやがむと、すうつと気を失ひさうになるんですが、それがどうも気持ちがいいんですよ」

工場長、すりやあ、あかんやつです。やんちやが過ぎますと思ひながら試飲へと。

 用意されたのは白4種と赤2種の計6種。解説を聴きながらだと、實にうまいし、味はひが判つた気にもなれる。葡萄の育て方や醸り方は大体10年余りで新しい手法を考へるといふ。U氏が現役の工場長だつたある時期、20年近い停滞があつて

「プロジェクトを立ち上げて、スタッフに“うまくいかなかつたら馘首”云々と、いやあ、パワハラといふやつでした」

とは云へ、新機軸が失敗したとして、最初に頸をはねられるのはU氏だつた筈である。笑ひ話になつてよかつた。この秋から醸造所も順次稼働するといふから、新機軸は續々試されるのだらう。当代の工場長は安心してゐるにちがひない…もしかして失敗が重なる不安の方が大きいか知ら。

 特に感心したのは甲州グリ・ド・グリと穂坂マスカット・ベーリーA。後者が美味かつたのは意外だつた。この品種はどちらかと云ふと、かるくて甘い口当りの仕上りになるのだが、またさういふ味はひでもあつたのだが、それらが控へ目になつてゐて、これなら食事にあはせたいと思へた。

 有料で更に2種。城の平ロゼの2017年と長野メルローの2016年。このロゼがきりりとして旨かつた。どうもロゼにははつきりした印象を持てないでゐたが、中々侮れない。様々の銘柄を一ぺん、じつくりと味はつてみなくてはなるまいと思つたが、残念ながら時間切れになつた。

 タキシで勝沼ぶどう郷驛を経由して甲府驛。前日同様、セレオで買ひ物をしてホテルに戻る。一番搾り(キリン)、[シャトー・メルシャン]で購入したのは、甲州きいろ香“キュヴェ・ウエノ”2016年ヴィンテージ。試飲でも味はつたが、穏やかで切れがよく、食事にも適ふ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏はご存知だらうが、“キュヴェ”は同じヴィンヤードで穫れた葡萄で醸られた銘柄に冠される。“ウエノ”はヴィンヤードの名前で、元工場長のことである。お弁当に焼き鳥(ねぎまと皮とレヴァ)にお刺身3点、チーズなど。頴娃君は自分用に買つた七賢の別銘柄も樂しんでゐた。