閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1464 本所親仁のネギマ串

 焼き鳥屋でまあ間違ひのない註文と云つたら、ネギマのたれだと思ふ。ゲンミツ好みのひとなら

 「ネギマはね、葱とまぐろをあはせ炊いた鍋料理」

と教示くださるだらう。焼き鳥のネギマ名は實際、そこからの転用と見てよささうにも感じられるが、この稿では踏み込まない。

 仄聞したところ、ネギマ鍋は本來、葱料理なのだといふ。まぐろは葱に脂を吸はすのが役割で、これは誕生の当時、未成就だつた保存技術の問題も含め、とろの部分がひくく見られてゐた傍証か。更に云ふと江戸人は、葱と脂の相性がいいと、解つてゐたとも考へられる。

 話を焼き鳥…鍋ではない方のネギマに戻す前に、もう少しムダ話をする。葱の串焼きは案外と六つかしいらしく、上手ではないひとが焼くと、妙に水つぽかつたり、逆に焦げつかせたりする。葱の調子にあはして焼き上げるには、何かしらのコツが求められるのだと思ふ。

 ーなんとか、うまい具合に、焼けねエものか。

 本所辺りの焼き鳥屋の親仁が、頭を悩ましてゐたとして、不思議ではないし、ネギマ鍋といふ、“葱に脂を吸はす”手法が、本所の親仁に閃く切つ掛けを与へた、と想像出來なくもない。

 ここで大事なのは、まぐろの脂が、獸肉の脂に似通つてゐる点。詰り鶏肉の脂との相性も、最初から十二分に期待出來てゐたと云へる。本所の親仁だつて、試し焼きを摘み喰ひし(もしかして一ぱい呑みながら)

 ーこれなら、いけるンぢやあねエか。

きつと、にんまりしたらう。改めるまでもなく、これは想像だから、信用されてはこまるけれど。

 話がやつとネギマ串に戻つてきて…さて味つけはどうだつただらう。塩か蕃椒か。ただそれだと、少しやれた鶏肉や葱を使つたら、たちまちばれる。サヴァラン教授いはく、“焼き肉師(の才能)は天性”だから、簡素な技法は、本所親仁の手に余つたにちがひない。

 要は廉に仕入れられる葱鶏肉を、旨く喰はせる手立てが求められたと云つていい。ここで再び根拠の無いことを云へば、その手立て…焼き鳥にたれを使ふ…の背景、参考に、鰻の蒲焼きがあつたのではないか。期待する役割は異るけれど、種を串に刺し、焼きあげる手順は酷似してゐる。本所辺りだつて、鰻の店くらゐはあつた筈だし、親仁がぬす…見習つても、不思議ではない。

 かういつた流れが事實だつたかはさて措いて、鶏肉と脂とたれの組合せが人気を得たのは、間違ひない。令和にもネギマ串が生き残つてゐるのは、当初の方向性が正しかつた證である。また本所以來、それを洗練さし續けたてもゐて、不安の少い撰択になつたのは、当り前だらう。その結果が私の舌を悦ばせてくれてゐる。さ。今宵は気のおけない呑み屋で、ネギマ串を摘みに一ぱい、樂みませうかね。

1463 理窟をつけて

 ところで私が持つてゐる何台かのデジタルカメラの中で、リコーのGRⅢが主力なのは、この手帖で何度も触れてきた。後継のⅣが出て、暫くが過ぎてもゐるから、現在は既に旧型で…尤も気にはならない。一聯のGRに共通するのは、旧型になつても、時代遅れになりにくい特徴が濃厚にある。それはいい。

 一方、GRⅢ用のアクセサリ類が少くなつたのは、こまつたと思ふことがある。勿論これは、無くても不便は無いと、暢気にかまへてゐた私が惡い。

 ーⅣ型で規格を(多少)、変更したリコーにも、些かの原因を求めたい。

小聲でさう云ひたい気もするが、今さらどうにもならない。なのでマーケットに出廻つてゐる物を、探さざるを得なくなる。

 たとへばアクセサリ・シューのカヴァ。

 たとへばフードを使ふ為のアダプタを附ける箇所のリング。

 たとへばサムレスト。

 たとへばグリップ。

 ね。無からうが、こまりはしない。ただあれば気分がよくなるとは思はれ…この点は見逃しにくい。GRⅢがカツコよくなれば、(見せびらかしも含めて)持ち出したくなる。莫迦ばかしいと笑つてはいけない。モチベイションつて、そんなものでは、ありませんか。そこで

 『見せびらかす切つ掛けをつくる為』

とか何とか理窟をつけ、GRⅢを取り出し、ショップを巡り歩き、目に入つたアクセサリを贖ふ手が浮んでくる。あとは手に入れた物を持つて、馴染んだ呑み屋に潜りこんで、附け外しをすれば、素晴しい酒菜にもなる。

 序でながら、私が今もつて気長に探してゐるのは、GRデジタルⅡ用のテレコンバータ…GT-1である。あれ、案外なくらゐ、見つからなくてねえ…。

1462 ゆゑに、これでよし

 うで過ぎたふといスパゲッティ、玉葱とピーマンとソーセイジ(叉はベーコン)とマッシュルーム、それらをケチャップで炒めあげたのを、我が國ではナポリタン・スパゲッティと称してゐる。大雑把に云ふと

 

・太平洋戰爭敗戰後、日本に駐留した米兵が、スパゲッティのケチャップ和へを啜つてゐた。

・それを目にした横濱のホテルの料理長が、あまりに酷いとトマトソースで洗練さした。

・それが広がるうち、トマトソースがケチャップ炒めに転化していつた。

 

かういふ経緯があつた。詰り“懐かしい喫茶店の”といふ惹句は、正確と云ひにくい。尤も喫茶店がどうかうは横に措いて、ナポリタン・スパゲッティがナポリは勿論、イタリーとも無関係なのは間違ひない。仄聞するに、イタリー人やナポリ人は、南米から引つたくつたトマトを偏愛し、ケチャップを厭ふこと甚だしいさうだから、この名を耳にしたら、きつと困惑するだらうな。

 偶に食べたくなる。

 理由はわからない。

 それも横濱のホテルのやうな本格でないのは勿論、喫茶店とな洋食屋とか、さういふ場所で註文出來るそれでもなく、マーケットのお惣菜賣場だのコンビニエンス・ストアだので贖へる安つぽい…安いやつ。罐麦酒を用意し、辣油かチリーソースをちよと振り、夜店の焼そばのやうに啜るのがうまい。たいへん下品である。併しナポリタン・スパゲッティはナポリ料理でもイタリー料理でもなく、饂飩に近しい。ゆゑにこれでいいのだ。

1461 当り籖

 原種は南米。

 植物としては、ピーマンと同じ甘味種らしい。

 日本への傳來は十六世紀の中頃。

 我われが日常、口にするのはその傳來以降、品種改良を重ねた固有種…と呼ぶのか知ら…、詰り獅子唐辛子、略して獅子唐。

 さつと炊いたのも旨いが、そつちは萬願寺唐辛子に任せたい。獅子唐は矢張り、焼くのが一等、口に適ふ。

 凝つた眞似はせずとも、塩梅よく焼いてくれれば宜しい。削り節のひとつまみでも乗つてゐれば、不平も不満も出ないといふもので、麦酒にも酎ハイにもハイボールにもお酒にも、よく似合ふ。

 どうかすると口に響くやうな辛みがあつて、これが獅子唐の樂みでもある。一ぺん、焼き鳥屋の大将に訊いたところによると

 「からいやつかさうでないのか、外見ぢやあ区別出來ないですねえ」

撰り分けられず、すみませんといふ口調だつたが、私はあれを“当り籖”と呼んでゐる。

 ここで冒頭に戻ると、獅子唐は十六世紀の傳來以降、品種改良を重ね、現在に到つてゐる。であれば、傳來当時の獅子唐は、今と相当に異る味だつたと推測出來て、唐辛子と呼ばれるくらゐだから、もつと辛みが強かつたのではなからうか。或は南米の原種なら、五百年前の御先祖を驚かせた(だらう)味を樂めるかも知れない。

 …近所の焼き鳥屋では、六つかしさうだけれども。

1460 チェーンの呑み屋に就て

 

 

 チェーン方式の呑み屋なんざ、どこだつて同じぢやあないか…と笑つてはいけない。さういふ實例も少くからずあるけれども。

 たとへば“S龍”といふチェーンの居酒屋がある。田町にあつた一軒に、月に二へんか三べん通つた。ほかにも店はあつたが、基本は田町だつた。そこそこ広かつた…お客が多い…にも関らず、顔を覚えてくれ、閉店の日には冷酒を一ぱい、奢つてもらひもした。

 別の例を挙げると、“K屋”がある。中野にあつた一軒では、店長に顔を覚えられ、うつかり店の前を通ると、にこやかに手招きされたから、こまりながら入つた。大久保にあつた別の一軒の店長は、私と同じく野球好きで(西武ライオンズ贔屓)、話が合つた。

 詰り“チェーン式の居酒屋”の何々店の中で、“特定の一軒”を撰び、足を運ぶのは、それなりの目的…理由があると考へていい。

 お酒の品揃へが好みに適ふ。

 酒菜がうまい。

 酒器や食器が洒落てゐる。

 客あしらひが巧い。

 それから自分を棚に上げつつ云ふのだが、ほかのお客の御行儀がいいことも含めたい。

 かういふ諸々…嗜好の混つたの(そこには通ひ易い場所であることも含まれる)が、“チェーン店の中の一軒”になる。なので閉店は勿論、品書きが大きく変つたり、店長や店員が異動したり、辞めてしまはれたりすると、同じ場所で同じ看板と同じ暖簾が出てゐても、ちがふ店と云へ、知らないとたいへん迷惑を蒙ることになる。

 ある晩、馴染んだチェーンの某店で、ホッピーを呑みつつ、蛸の唐揚げを平らげながら、つらつらと考へた。