閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1496 適切な撰択

 ホッピーといふ飲みものがある。

 肩書は發泡麦芽醗酵飲料。

 但しそのまま、飲みはしない。

 呑み助の讀者諸嬢諸氏には御存知のとほり、焼酎を割るのに使ふ。だからそのものの味を、私は知らない。

 知る限り、廉な呑み屋の品書きで、馴染み深い。呑み屋の用語だと、ホッピー自体の“外”、焼酎の“中”との組合せで、“ホッピーセット”と呼ぶ。ちよいと凝つた店だと、ホッピーの白と黑(白だけなのが多い)、焼酎の銘柄(たとへばキンミヤ)で、味に変化をつけられる。

 まあ率直に、品のよろしくない飲みもの…呑み方なのは、確かである。そのくせ、呑みくちは惡くなく、馴れるまでは、へんに醉ふことが少からずあつた。

 ひとつ、忘れてゐた。ホッピー(セット)は、“中”のお代りが原則。私の場合、おほむね“外”一本に対し、“中”が三杯で丁度よい。それを麦酒と同じやうな早さで呑めば、廻りも早くなる。それが当然と判つたのは、何度かへんに醉つた後である。

 廉なお摘みで呑むのがいい。

 もつ煮に枝豆、ポテトサラド。

 更に焼き鳥のたれやハムカツ。

 まあそんなあたり。ホッピー(セット)に際立つのは(たれが何を云つても)、お摘みを欠かせないことで、酎ハイも(居酒屋式)ハイボールも、この点は及ばない。

 詰り相応に腹が減つて、なほ(廉に)呑まうとする夜、ホッピーセットを撰ぶのはまつたく、適切な判断と呼べるのではないかと、私は思つてゐる。

1468 儲けもののGF1

 LUMIX GF1といふデジタルカメラがあつた。

 Panasonic製のマイクロフォーサーズ規格機。ミラーレス一眼の黎明期…ミラーレス一眼の開幕を示した機種のひとつと云つていい。發賣は平成廿一年。實に十七年前で、“!”マークを附けたくなつてくる。

 

 手元にある。いや言葉は正確に使ふべきで、手元にあるのを忘れてゐた。それを何の弾みか(まあSNSなんぞで目にしたのだらう)、思ひだしたから、引つ張りだしてみた。バッテリが空なのは当然で、ひとまづ充電をした。動けば儲けものである。

 その間に本体を眺めると、案外に分厚い感じがする。手に持つと、案外にすつぽり収まつて、少し驚いた。各所に配された釦、ダイヤルの感触も惡くない。

 ー記憶より、しっかりしてゐるなあ。

ちよいと感心した。眞面目に造つたからか、ただ手の抜き方を知らなかつただけか。今となつては判らない。

 

 念の為にレンズを確めた。

 ・Panasonicの14ミリ(旧型)

 ・同12-32ミリ

 ・同14-45ミリ(初期型)

 ・SIGMAの30ミリ(旧型)

 それからOLYMPUSのボディキャップ・レンズも二枚(なにせキャップですからね)あつた。望遠域は弱いけれど、普段使ひの範囲なら、ほぼ支障は出ない。四本のレンズを取つ替へると、どれもそれなりに似合つて見えたから、嬉しくなつた。

 充電が終つた。

 本体に差し込み、電源を入れた。

 当り前に、使へる状態になつた。

 成る程と思つたけれど、十七年前の機種だし、私が贖つたのは中古品でもある。元號を跨いだ今、バッテリの健康はどの程度か。試さないと判らない。

 取敢ず、近所を歩く時のお供に、持ち出さう。

 動いたのだから、先づは儲けものではないか。

1467 だめな小父さんの玉子焼き

 蕎麦屋…立ち喰ひではない方…の品書きには、多くの場合、お酒とお摘みが並んでゐる。板わさや蕎麦味噌、鴨焼き、天麩羅。眺めつつ、お酒とお摘みの組合せを考へると、昂奮しますね。午后のだめな小父さん気分が、凝縮された時間である。

 中でも玉子焼きがいい。

 あまくないい仕立てで。

 たつぷりの大根おろし。

 薑が添へてあればなほ。

 贅沢をつけ加へるなら、高級なプディングのやうに、ふはつとしたのでなく、ある程度、かたい方が好みに適ふ。大根おろしに醤油を(時に蕃椒も)あしらつたのを摘み、冷や酒をやつつければ、午后のだめな小父さん気分がさらに、凝縮される…と、ここまで考へた後、不意に疑念が浮んだ。

 ー玉子焼きに適ふのは、果して、お酒なのか知ら。

 麦酒だつて、ハイボールだつて、ひよつとすると葡萄酒やハイボール…ヰスキィだつて、似合ひさうなものぢやあ、ありませんか。

 「麦酒は兎も角」さう異論が出るだらうか、詰り「蕎麦屋で葡萄酒だのヰスキィだのは、六つかしからう」

まあ、そのとほりではある。尤もここで云ふ蕎麦屋は、ただの切つ掛けに過ぎない。定食屋や呑み屋、それから陋屋でも玉子焼きを口にする機會はある。そこで

 しつかりした藏のカップ酒か。

 ちよつと奢つた罐麦酒なのか。

 或はそのほかの銘にするのか。

の撰択が求められ、さうなるとカップ酒…お酒が好もしさうに思へてくる。ここで蕎麦屋の卓に戻ると、板わさに蕎麦味噌に鴨焼き、天麩羅はどれもこれも、目を向けてゐるのは、お酒でなければ焼酎が精々で、よく練られた品書きだなあ、と思はざるを得ない。

 ー玉子焼きがその、例外になるか知ら。

 とは、文章技術の反語なのは、云ふまでもない。蕎麦屋の大将が撰ぶお摘みで、玉子焼きだけを例外に置く道理は、どこにあるだらう。ただこれは、麦酒そのほかの酒類が、玉子焼きに似合はない意味でもない。味つけ次第なら、たとへば葡萄酒の素晴しいお供にならう。併し實際、お酒以外に好もしい酒類が何かを知りたければ、試さないと判らない。さういふ試行も樂しさうだと思ふのも叉、だめな小父さんの證と云ふべきだらう。

1466 ちんまり

 或る晩、或る立ち呑み屋に潜りこんだ。

 店はカウンタが主。その上には幾つものおかず…お番菜を並べ、三種を撰ぶ方式。従つて空腹のまま、訪れるのは、お勧めしにくい。その夜、[雪男]を嘗めながら

・左:大根とじやこの炊きあはせ

・中:鋤焼き風煮もの

・右:玉子焼き

を撰んだ。我ながらお酒に適ふ組合せだと思ふ。カウンタの内側のママさんも

 ー呑む積りですねえ。

とでも云ひたさうな顔で、にやにやしてゐた。この後、定聯さんと賑かなお喋りを樂みながら、お代りを呑んだのだから、ママさんの予見は正しかつた。

 實際、ちんまりした三品ほど、コップ一杯のお酒を彩るのに似合ひの組合せは見当るまい。

1465 秋麦酒

 尊敬する内田百閒いはく、麦酒は冬の方が、味が締つて美味いといふ。果して本当だらうか。百閒先生がむやみに麦酒を呑んだ頃は

 ーあの野郎は、カツレツを四枚も五枚も平らげ、大壜を半打、呑んで、その間、厠に立たないことを自慢してゐやがる。

惡くちを叩かれた(先生の随筆に書いてある)さうだが、その豪傑振りは冬に發揮されたのか知ら。

 風が冷たくなる前のある日、外に出て麦酒を呑んだ。

 半打も呑なかつたし、カツレツだつて一枚も食べなかつたから、惡くちを云はれる心配は、なからうと思ふ。