閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

863 白つぽくて温かな一皿の話

子供の頃…ざつと四十年余り前、クリーム・シチューは御馳走だつた。豚肉、馬鈴薯、玉葱、人参が入つてゐた。底が広く、淺いお皿で出てきて、バゲットを焼いたのが添へられてゐた。祖父母と同居してゐた家なので、洋風の食べものが登場する機會はそんなに多く…

862 品の惡いハムカツの話

廉で旨いハムカツは好物なのだから仕方がない。 分厚すぎるハムはいけない。ハムカツの主役は寧ろ衣であつて、その衣に肉の香りと味はひ、歯応へを与へるのがハムの役割である。だからハムは必要だけれど、必要以上の存在感があつてはならず、この辺は厨房の…

861 七色の話

寛永年間といふから、十七世紀の中頃…江戸時代の初期に両國は藥研堀で生れたらしい。因みに云ふ。藥研とは藥剤を粉末に挽き、或は擂り潰すための道具。お堀の名前になつたのは、その形状が道具に似てゐたからださうな。 唐辛子。 焼き唐辛子。 山椒。 麻の實…

860 愛人と男の話

稲荷寿司と巻きものを一緒にして出すのを助六と呼ぶ、と知つたのはいつだつたか。 稲荷寿司と巻きものなのは、助六の愛人が揚巻だから、と知つたのはいつだつたか。 どちらもすつかり忘れてしまつたが、洒落と捻りの利いた名附けだと思ふ。念の為に云ふと、…

859 翻訳の話

日本國際ギデオン協會と日本聖書協會による『聖書』に目を通してゐる。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の為に念を押すのだが、信仰に目覚めたわけではない。偶さか手元で見つかつた丈のことである。これも偶さか、久しぶりに観た『ガメラ2 レギオン襲来』に 「我ら…

858 短い一本の棒の話

令和四年の終り頃、母親がスマートフォンを手にした。かんたんとからくらくとか呼ばれるやつ。手指の荒れが激しいのに、フリックといふのか、あの操作をどうするのかと思つてゐたら、キャリアが寄越したらしいタッチペンと呼べばいいのか、あれを使つてゐた…

857 おにぎりを食べる時の話

コンビニエンス・ストアやマーケット、或はおにぎりを専門に扱ふお店のおにぎりを不意に食べたくなる時がある。専門店はまだしも 「マーケットやコンビニ程度の量産型おにぎりが、そんなに旨いものかね」 と冷笑を浮べられたら、まあその通りだと応じるけれど…

856 新幹線で食べるものの話

先日、新大阪から東京まで、東海道新幹線に乗つて、玉子のサンドウィッチと罐麦酒をやつつけた。やつつけながら、新幹線に一ばん似合ひの組合せではないかと思つた。こだま號なら知らず、のぞみ號は 「高速に移動する為の手段」 の色合ひが濃くつて、ゆるゆる…

855 今年に買ひたいカメラ(とレンズ)の話

物慾の話ですよ、要するに。 第一番にリコーのGRⅢを挙げるのは云ふまでもない。小さくてかるく、寄つて撮れて、フラッシュを内藏してゐない。現時点の私にとつて、最良の撰択であると信じてゐる。 ぢやあ他にあるのかと、さういふ疑問が浮んで、それがどうも…

854 丸太花道、東へ

東へ、下らねばならない。 昨年末、母親がからだの調子を崩し、万全に戻つてゐるわけではないから、どうにも落ち着かず、さてどうするかと考へた。予定通り東下するなら、午前中に出立となる。時間の許す限り、様子を見ることに決めた。 「さうは云つても、仕…

853 今年のお供の手帖の話

手帖は例年、高橋書店のを買ふ。 今年贖つたのはリシェル2といふやつで、ほぼ文庫本と同じ大きさをしてゐる。気になるひとの為に附けくはへると、月曜日始り、両面で一週間の横罫。 以前にも触れた記憶があるんだが、私が手帖を使ふ目的は時間の管理といふよ…

852 令和四年末から五年三ヶ日の話

令和四年師走廿八日。 エヌから聯絡が入つた。翌廿九日に会つて游ぶ予定だつたのが、奥の方が武漢發と思はれる感染症の陽性判定が出て 「濃厚接触者になつてしもた」 さうで、単身の赴任先から帰れなくなつた、すまん延期したいと云つてきた。エヌの責任でない…

851 長閑な春

春は長閑けき お餅は焼けて お屠蘇は美味 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、 謹んで新年の御挨拶を申し上げる。

850 丸太花道、西へ~道行

西へ上る。 その前に師走廿四日の話。 某所にあるお酒も摘みも旨い立呑屋がこの日で、令和四年の営業を終へるから、顔を出すことにした。出掛け序でに散髪(と云つてもおれの場合、ぐりぐりの丸坊主にするんだが)に行つたら、年内で廃業するんですと云はれて…

849 丸太花道、西へ~撰択

西へ上る。 西へ上つたら、旧い友人…この稿ではエヌと呼ぶが、星新一のショート・ショートに登場するエヌ氏とは別人なので、為念…と会ふ。思ひ返すと四十年に及ぶつきあひだから、旧いと称して、まちがひとは云はれまい。 年末のどこか。 晝前から落ち合つて…

848 丸太花道、西へ~儀式

西へ上る。 東海道新幹線に乗る。 ここまでは決めてある。 のぞみ號に乗るかこだま號にするかは、この時点で決めかねてゐる。 のぞみ號は速い。便利で宜しい。 東京新大阪間を移動と見立てれば、のぞみ號である。 こだま號は遅い。悠々と出來る。 樂む時間と…

847 ホワイトなフィッシュのフライ

偶に食べると、コンビニエンス・ストアのお弁当もうまいと思ふ。うまいが大袈裟なら、惡くないと云ひませうか。尤もおれは臆病且つ保守的な男である。変り種には手を出すまいと決め、海苔弁当や幕の内弁当か、その辺を買ふ。 そのコンビニ弁当(とここからは…

846 未定

令和四年も終りに近づいてきて、当然おれは西へと上る予定をしてゐる。カメラを持ち帰るのも当然で、そのカメラは出來るだけ小さく、かるいのが望ましい。 GRデジタルⅡが最良だらう。 と思つてゐた。併しGRⅢを買はうと考へてゐる今、詰りまだ買つてはゐない…

845 曖昧な焼賣

餃子や春巻と較べて、焼賣にはどうも地味な感じがある。大体、"焼イテ賣ル"つて何だらう。と思つたら焼麥と書くこともあるさうで、"麥"と"麦"は同じ意味らしい。併し焼賣(以降はこの表記にしますよ)は蒸し料理だと気がついた。"焼"の字を当てるのはをかしい…

844 大御馳走

玄冬の御馳走のひとつに粕汁を挙げて、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から異論が出るとは思へない。 大根。 牛蒡。 人参。 蒟蒻。 豚肉。 焼き豆腐。 油揚げ。 厚揚げ。 里芋。 鮭。 葱。 大きなお椀にどつさり盛られた粕汁を目の前に、昂奮しないひとがゐるだら…

843 えらくまた旧式な

シャープのAQUOS sense3(au版)を使つてゐると云つたらきつと、我がスマートフォンに詳しい讀者諸嬢諸氏は 「またえらく旧式な機種を」 苦笑ひを浮べるだらう。事實である。さう認めたら今度は 「どうして新しい機種にしないのか」 指摘が續く筈で、それもまあ確…

842 覆し

何日か前、久しぶりにオリンパスのE-PM2を取り出した。パナソニックの14ミリ/F2.5(初期型)を附けてゐる。元々はステップアップ・リングを経由してズイコー28ミリ用の円形フード(中古で二千円くらゐだつたか)をあててゐたが、ふと思ひついて、F-FOTOのスリッ…

841 思ひ出した

四半世紀ほど前、腰椎間板ヘルニアで年末年始を挟み、三ヶ月前後、六人部屋に入院した。身動きに不便がある以外、不調はなかつた。その病院には当時、一階に喫煙所が、地階に雑貨屋があつて、病室でぼんやりテレ・ビジョンを見るのでなければ、その喫煙所と…

840 おでんつゆ

最近マーケットで賣つてゐるおでんが、中々に便利だと気がついた。練りものや結んだ糸蒟蒻で嵩増しした後、適当に味を調へたら立派な摘み乃至おかずになる。余つたつゆで蕎麦や饂飩を煮るのは勿論、雲呑を入れるのもうまい。それで餃子を煮ても宜しからうと…

839 残り半分

家に引き籠つてゐると、外で呑む機會がぐんと減る。元々が出不精なので、出掛ける気になりにくい。尤もそれが家で呑まないのと一致しないのは当然で…いやかう云ふと、我が辛辣な讀者諸嬢諸氏から 「内外は知らず、呑んでゐるなら同じぢやあないか」 きつと云は…

838 「三」

特定の数字に意味を見出だすことがありますね。末広りの八だとか、ラッキー・セブンだとか。ああいふのを"聖数"と呼ぶ。いきなり余談をすると、基督教では十三を不吉な数と見立てる、とする説は不正確なんです。ひとりの王と十二人の従者。ユダヤ的な視点で…

837 昂奮と落ち着き

黑酢と聞いたら何となく昂奮しませんか。おれはする。 酢豚と聞いたら何となく昂奮しませんか。おれはする。 なので品書きに「黑酢酢豚(定食)」とあつたのを目にしたおれの昂奮が二倍…訂正自乗になつたのは、不思議ではないといふより寧ろ、当然の帰結であつた…

836 たちの惡い記憶、更に

ライカのM6が再生産だか復刻だか、するさうである。新宿のカメラ屋でポスターを見た。その値段が七十五万円とかそんなだつたから、一驚を喫した。大昔…四半世紀余り前、中古カメラ屋で働いた時期があつてM6は現行機だつたが、十八万円から十九万円で、廿万円…

835 ごく安つぽいあのカメラ~續 たちの惡い記憶

ごく短い期間、ライツ・ミノルタCLを使つた。半ば衝動買ひ。そんな買物が出來たのは、露光計がいかれた分、廉価な個体だつたからである。コシナ・フォクトレンダーのカラースコパー35ミリ(ねぢマウントのやつ)を附けた。 まあ實に安つぽいカメラだつた。握つ…

834 たちの惡い記憶

小さなフォーマットで、レンズ交換の出來るカメラがあつた。ペンタックスの「Q」とニコンの「1」がさうで、どちらも数年で姿を消した。どちらも買はうかどうか迷つてゐる間(おれは優柔不断のベテランなんである)に製造が終つたことを思ふと、不人気…少くとも数寄…