閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

088 伝統に忠實な

 お米といふのは一種の完全食なので、おかずが貧相でも、ちやんと炊きあげてゐれば、それで一回の食事が成り立つ。成り立つて仕舞ふ。小麦や馬鈴薯や玉蜀黍では残念ながら、かうはいかないだらう。勿論これは優劣の話ではなく、主食の性質のちがひ。…とは云へ、ごはんだけだと流石に淋しく感じるのは、我われに共通した感覚の筈で、この稿では仮に炊きたてのごはんとお味噌汁があつた場合、後一品、何があれば、一回分の食事になるのか、といふことを考へてみたい。

梅干

白菜漬け

胡瓜のお漬物

野沢菜漬け

各種の佃煮

色々なお味噌

鮭の塩焼き

鯵の干物

鮪の赤身のお刺身

烏賊の沖漬け

焼き海苔

大根おろし

葱焼き

削り節

生卵

玉子焼き

煎り玉子

厚揚げ

揚出し豆腐

金平牛蒡

甘辛く焚いた鶏のそぼろ

豚肉の味噌漬け

菠薐草のバタ炒め

白身魚のホイル蒸し

蛸のオリーヴ油和へ

クリーム・チーズのおかか和へ

オイルド・サーディン

ベーコン・エグズ

 他にも色々挙げられるが、挙げながらふたつ、気がついた。先づどれもこれも、肴もしくはつまみになりますな。お酒。麦酒。葡萄酒。焼酎や泡盛。どれを撰んでも適ふ。そしてもうひとつ、朝めし的な撰択になつてもゐる。勿論ごはんには豚の生姜焼きや角煮、鶏肉のトマト煮、餃子に酢豚に麻婆豆腐、青椒肉絲、回鍋肉、大蒜の芽の炒めもの、米粉、牛肉の小間切れと玉葱を炒めたのや麦酒煮、肉詰めピーマン、茄子の味噌炒め、鯵や海老や牡蠣のフライ、鱚や烏賊の天麩羅、カツレツ、ロースト・ビーフ、鰯や目刺しを焙つたの、肉じやが、高野豆腐の卵とぢ、鯖の味噌煮や塩焼き、〆鯖、鯛の塩焼き、蒸し焼きにした茸、色々な味噌漬け、糠漬、粕漬け、その外、諸々、大体の食べものが適ふ。試した経験はないけれど、ザワー・クラウトでもハモン・セラーノでもドーヴァー・ソールでも鱈のクロケットでも栗を詰めた山鳥でも蜜柑の味噌漬け(といふ奇怪な食べものが『金瓶梅』にあるのです)でもいけさうだし、もつと簡単に振掛けでもいい。スメルガス・ボードにごはんがあれば、贅沢な食事になりさうだし(瑞典人は厭がるかも知れないが)、たとへばケバブなんかは浅葱を散らして丼にしたら、風変りなご馳走になるんではないだらうか。併し“ほぼ完全食であるごはん”に、余り凝つたおかずを用意するのも考へもので、寧ろ出來るだけ簡素な食べものにする方が、ごはんを食べてゐるぞといふ實感がありさうに思はれる…と云ふと、では何が最良の撰択なのかと反問が出てくるだらうが、敢てそこは口を噤まう。それは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の胃袋にあはせて撰べばよく、決め打ちをすることではないでせう。「だつたら」と更に文句が出るだらうか。續けて曰く「どうして、だらだら、あれこれと挙げていつたのか」と。さう云はれたら、尤もだなあと思はざるを得なくもあるのだが、次々にあれやこれやと挙げるのは、我が國の文學的な伝統である“もの尽くし”に忠實な結果だから、親愛なる讀者諸嬢諸氏には寛容をもつて、諦めて頂く外にない。