閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

788 ワイド・コンヴァータ

 過日、所用があつて中野に出掛けた。所用と云つても大したことではないから、詳しくは触れない。

 そつちを片附けた後、Fカメラ店を冷かす積りで入つた。さうしたら我がGRデジタルⅡ用のワイド・コンヴァータが置いてあつた。それはいい。實はこつそり探してゐた(中々見つからなかつた)から、嬉しくなつた。それもいい。ただ値段を見て驚いた。

 

 二千円しない。

 

 本体に取り附ける為のアダプタがセットになつた価格である。間違つた値附けではないか。さう思つたが、十年以上前のカメラのアクセサリである。わたしのやうに探してゐる人間の方が少からうから、捌ければいいと判断した値段かも知れない。

 (いやそれにしたつて)

廉に過ぎる。立派な光學製品であるコンヴァータの値段ではない。散々迷つて、店員に

 「これは本当にこの値段でいいのか」

と確めてみた。迷はず訊けばいいぢやあないかと笑はれさうだが、どうもわたしは気が弱い。訊ねたら買はざるを得ないところに追ひつめられさうな不安を感じる。たかが二千円で不安も何もあつたものかと(またも)笑はれさうだ。併し値附け間違ひで一万円ですと云はれる可能性はある。値札をちらりと見た店員は、こちらの内心の不安には丸で無頓着に

 「ええ勿論この値段でお頒けします」

何を訊くんだこの客はと云ひたげな口調に思へたのは、こちらの僻目としておかう。それに冒頭でも触れた通り、探してゐたアクセサリでもある。お財布を出すのに躊躇はない。

 

 緩衝材にくるんでもらひ、持つて帰つてから改めると、アダプタ経由で使ふフードと、コンヴァータ専用のフードまで一緒だつた。ぜんたい幾らで仕入れたんだらうか。

 コンヴァータ単体のリア・キャップは無く、フロント・キャップはジャンクからの流用と思しく嵌合が緩いが、大した問題ではない。コンヴァータはアダプタに附けておけば、一種の交換レンズ扱ひ出來る。フロント・キャップは、がらくた函を漁つたら何か出るかも知れず、見当らなくても支障を來すわけでないから、神経質にならずともいい。

 

 GRデジタルⅡに附けてみた。

 率直なところ、恰好はよくない。ことにフードが、遮光さへ出來れば文句は無からう、と云ひたげなゴム製なのは感心しない。實用性に問題はありますまいと云はれたら、手に持つ機械に取りつけるのだから、見た目も實用性に含まれるのですと反論しておく。

 まあ今さら何を云ふのかと、そんな話ではある。

 ではあるが、現行のGRⅢのアクセサリ図を見ると、アダプタもコンヴァータもフードも、この系統を汲んでゐたから、苦笑ひがこぼれた。要するにリコーは

 「使ふ頻度は低からうから、これくらゐで十分でせう」

と考へてゐるらしい。GRデジタルからGRⅢまでの系譜を辿ると、本体でほぼ完結してゐるのは間違ひない。GRにGR道があるとしたら、第一條にGRはケイスとストラップで完成すると記されるだらう。だとすれば、コンヴァータを使ふのは、邪道が大袈裟なら変格となるわけだが。

 

 ま。本格は眞面目なGRユーザに任せておけば、いいか。

787 梯子どんたく~余談篇

 帰宅した翌日…月曜日…は有給休暇を取つて、パンツを洗つた。だからこれは余談篇である。筋が通つてゐるでせう。

 

 ニューナンブの皆が揃はなかつたこと。

 暑さが莫迦ばかしいくらゐだつたこと。

 

 この二点(都冩美に行き損ねたのも加へるべきか知ら)を除くと、今回の梯子どんたくは自讚してかまはないと思ふ。その二点にしても、個々の体調や事情は止む事を得ないし、天候はたれに註文を附けるわけにもゆかないのだから、上塩梅だつたと云ひ切つても宜しからう。

 

 兎にも角にも顔をあはせる、その一点に絞つたのがよかつた。折角会ふんだもの、ここに行つて、次はあすこにも足を延ばしてと考へてゐたらきつと、話は纏まらなかつた。割り切つた分、濃度は高かつた…とまで云つたら、大袈裟になるかも知れないけれど、それくらゐは許されると思ひたい。

 

 とは云へかうなると、も少し腰を据ゑたどんたくへの慾が出るのも事實ではある。一方で焦ると碌な結果にならないのは解つてゐる。時と場所と財布の具合を綜合的に勘案し、着實かつ前向きな検討を進めねばならない。近いところだと

 

 七月八日金曜日から同十八日月曜日に日比谷で開かれるオクトーバー・フェスト。

 同じく十六日土曜日から十七日日曜日にかけての中野チャンプルー・フェスタ。

 

 この辺でもう一歩を進め、九月頃に出るだらう澤乃井の秋あがり、十月頃の藏開きに向け(流石に甲州勝沼北杜行は六づかしからう)、本格的な再起動を掛けられればいいんではないか。さういふことを、近所の中華屋で冷麺をやつつけながら考へた。勢ひ任せの余談である。

786 梯子どんたく~昭島篇

 昭島驛に降りたのは午后二時過ぎ。かう書くと我が親切な讀者諸嬢諸氏は、チェック・インには早すぎではないかと心配して下さるだらうが、我われは東横インの會員である。會員は午后三時にアーリー・チェック・インが出來る。驛前のモリタウンだつたかで晩めしやお酒を買ふ時間を考へれば、寧ろ丁度いいくらゐと云つていい。

 

 先づ酒屋に立ち寄る。今夜の一本を撰ぶわけで、ここは慎重を期さねばならない。先づ目についたのは旦といふ銘柄。醸り方のちがひで三種類ある。以前に呑んで、中々旨かつたと記憶してゐる。これにするかと思つたら、その右上に澤乃井の中汲みがあつた。頴娃君が

 「こりやあ、いい」

と呟いた。頴娃君が買ふなら、旦を採らうと思つたところ、熟考の結果、かれが撰んだのは鍋島だつた。前回の昭島どんたくでわたしが買つた銘柄で、お裾分けしたらえらく気に入つてはゐた。確かに印象のよいお酒である。併し頴娃君が鍋島を買ふなら、こちらとしては澤乃井に敬意を示す為にも、中汲みを撰ぶことにした。四合壜で二千円足らず。廉なのは有難いが、商ひになるのか知らと不安にならなくもない。そこからヨーカドーに移つて、晩めしと摘みと翌朝のごはん、それから麦酒を買ひ込んだ。

 

 チェック・インは目論み通り、午后三時。素早く冷房を点け、麦茶を飲みながら煙草を一本喫つて、やつと落ち着いた気分になつた。窓の外から午后遅い陽射しが飛び込んでゐたから、西向きなのだと判つた。頴娃君も自分の部屋で落ち着いたらしく

 「四時半頃から、始めませうか」

望むところである。シャワーを浴びたら、汗が溶け落ちるやうな感じがして、気持ちよかつた。テレ・ヴィジョンを点けると、タイガースとドラゴンズの試合を中継してゐて、タイガースが莫迦みたいな点差で勝つてゐた。ドラゴンズ・ファンには申し訳ないが、更に気分がよくなつた。

 

 膝をつきあはして呑む、といふことに同意はあるが、我われは事前に慎重な判断をしてある。ツインの部屋にして、空間を広く取つた。更に頴娃君は簡易な組立式の卓を持ち込んで、自身のスペースを確保した。やるなあ、重い荷物だつたらうに。こつちはベッドのひとつを卓の代用にして、念の為に窓を開けておいた。

 よし乾盃。

 わたしはアサヒのエフ、頴娃君はトーキョー・ブラック。当り前のことを云ふと、うまい。寝床は確保済みだもの、心の余裕…安心感がちがふ。

 鯣のフライ。

 焼き餃子。

 お弁当のちまちましたおかず。

 トーキョー・ブラックを干した頴娃君はなだらかに鍋島へと移つた。こちらは麒麟のクラシック・ラガーを開けて翌朝の麦酒がないと気が附いた。仕舞つたと思つたが、開けたものは仕方がない。一階の自動販賣機に罐麦酒があつたから、後で買ひに行かうと決めて、澤乃井中汲みを開けた。

 含んであれと思つた。

 まづくないのは云ふまでもない。寧ろ上々である。とは云へ何となく坐りが宜しくない感じもする。をかしい。わたしの舌だからね、当てになりやしないけれど、落ち着かないのも本心で、理由は直ぐに解つた。暫く時間を置いたら、香りが膨らんで、舌触りがまことに滑らかになつた。葡萄酒がさうだが、お酒も冷しすぎはいけない。本來の味はひが隠れて仕舞ふ。クラシック・ラガーを開ける時、一緒に出せばよかつたのに、すつかり忘れてゐた。

 反省は反省として、頴娃君の鍋島を一ぱい、頒けてもらつた(勿論こつちの中汲みを一ぱい、差し上げて)口当りはごく柔らか。舌に乗せると、やや甘みが勝つてゐたが、それが喉の奥には残らない。簡潔に云ふなら、美味いお酒であつた。

 中汲みが着物をきちんと調へた壮年の男性なら、鍋島は意図的に少し着崩した(厭みにはならない程度に)女性のやうな感じ。美味いお酒はどうだつてうまい。残るのはその美味さが口に適ふかどうかで、我われは屡々そこをごちや混ぜにしてしまふ。中汲みと鍋島は、性格が異なりはするが、どちらもわたし好みの味はひで、かういふのは實に喜ばしい。買つておいたチーズを摘んでから、お休みを云つた。寝る前に罐麦酒を買つておかう。

 

 翌朝、窓外は既にけふも暑くなると云はんばかりに明るくなつてゐた。やれやれと体を起してテレ・ヴィジョンを点けると、英國でのトライアスロン大會の中継があつた。下らないコメントや音樂を聞かなくて済む。点けつぱなしで朝めしに取りかかることにした。

 前夜、就寝前に買つた麒麟一番搾り。中汲みの余りが少し。朝めしには散らし寿司を買つてある。お早うと乾盃を同時にするのは、前回の昭島どんたく以來で、この駄目な感じがまことに宜しい。ところでトライアスロンに就ては、わたしも頴娃君もまつたく知識が無い。併し眺めてゐると面白いから、気を取られた。速さ競べの単純さに、水泳自転車長距離走の駆引きや、撰手の得意苦手、競技の切り替への混乱が加はつて、スリリングである。

 「これはまた」

 「侮れんなあ」

一時間ほどを掛けて、朝めし朝酒を平らげた。荷物を整理してロビーで落ち合つた。簡単に精算を済ませ

 「けふはどうします」

 「都冩美でも行きますか」

それで昭島驛から快速に乗つたら、揺られてゐるうちに、ぐんと頭が重くなつてきた。妙だなと思ひつつ、新宿まで出たら、頭が重いだけでなく、お腹の底までどろんとした感じになつてきた。前日からの暑さ…本当は熱さと云ひたい…と久しぶりの泊呑みで、体がびつくりしたらしい。頴娃君には申し訳ないが、無理を押すと却つて迷惑を掛けかねない。ここで解散としてもらつた。中野驛まで戻つてから地下鐵に乗り継いで帰宅した。晝寝して早寝した翌日は有給休暇である。洗濯をしなくてはならない。

785 梯子どんたく~澤乃井篇

 体調が惡くなつたのですとS鰰氏から聯絡があつたのは、どんたく当日週の中頃で、それは止む事を得ない。その暫く前にクロスロードG君からも、諸事情での不参加の報せもあつた。お酒はいいものだが、不調や事情を押して呑むものではないし、押して呑んでもまづいし、押して呑んでまづければ、お酒にも気の毒である。

 天気予報によると、当日の予測最高気温は卅度超。

 見ただけでうんざりし、それからぐつたりもした。

 元々から暑いのは苦手だし、更に蒸し暑ければ厭悪を感じるだけで(まあ雨よりはましなんだけれど)、当日の湿度が解らない内から麦酒が恋しくなつてきた。澤乃井園では以前、多摩の何やらいふ銘の地麦酒を扱つてゐたが、今はどうなのだらう。気になつてきた。

 

 窓の外を確めるまでもなく晴天の週末。

 天気予報が眞夏日とかそんなことを云ふのを聞いて、ひやあと思ひながら冷珈琲を一ぱい。外に出ると風があつたからやれやれとも思ふ。

 中野驛で予定より一本早い五十四分發の快速に乗つたが、三鷹驛で予定の特快に乗り換へ。立川驛で御手洗ひを使ふ序でに、持ち出し忘れを買つて、立川驛發は予定通り。たいへんにスムースで気分が宜しい。東中神驛を過ぎた辺りで、朝めしを摂つてゐないことに気が附いて、気が附いた所為で空腹を感じたが、もう遅い。青梅驛に着到した時、けふは外が暑いからこの先もお気をつけ下さい、と車内の放送があつていい気分になつた。

 いい気分は兎も角も、暑い。

 沢井驛に降りると、改札口が階段経由ではなくなつてゐたので、ちよいと嬉しくなつた。不評だつたのだと思ふ。既に頴娃君は澤乃井に着到済みらしく、利酒処で一ぱい呑んでゐると聯絡があつたから、煙草を一本吹かして合流した。相も変らず巨大なバックパックを重たげに置いてある。こつちも試飲。東京藏人。いつだつたかの催しで東京藏人の名前が附く前の試作を呑んだのを思ひ出した。久しいねえと云ひながら呑んでゐると、見學の時間近くになつた。

 

 では藏の方へ。

 外の陽は莫迦ばかしい酷さなのに、藏の中はひいやりしてゐる。室温は廿度。土藏造りですからね。

 「外気の影響を受けにくいんです」

案内役のひとが教へてくれた。以前にも聞いた筈なのに、改めてははあ江戸人の知恵は大したものだなあと思ふ。酒造好適米を削る話も久しぶりに聞くと新鮮に響く。澤乃井で一ばん贅沢なのは精米三割五分…詰り六割半を削る…で

 「八十時間くらゐ、掛ります」

といふ。どうしてそんなに時間が掛るのか訊いたら、お米が割れてしまふから機械では削れない。高いところから流し落し、また流し落しを何度も繰返して

 「お米同士で、削らせあふんですね」

成る程、さういふ手間があるんなら、その分を値段に入れるのは妥当以前に当然である。

 

 納得して藏の外に出ると、矢張り暑さが莫迦ばかしい。東屋でかるく食べる予定は無かつたことにして、[豆らく]に入つた。中に入ると顔を映す検温機があつて、計ると卅九度と表示されたから大笑ひした。計り直したらちやんと平熱を示したので、安心して席に着いた。さて何を食べますかね。

 暫し考へて、おぼろ豆腐御膳に大辛口をあはせることにした。頴娃君は炒り豆腐御膳と蒼天。先にお酒がやつてきたのはいいが、どうにも喉が渇いて仕方ないと思つたので

 「貴君。壜麦酒を呑まないか」

 「すりやあ最初に思ひつくべきだつた」

妙な云ひ方で同意を示してきたから、麒麟のラガー(中壜)をやつつけた。實にうまい。壜が空になつた辺りで、おぼろ豆腐と炒り豆腐の膳が運ばれた。徳利のやうな容れものに熱いあんが入つてゐて

 「これを掛けて、召し上つてください」

といふことだつた。わたしは素直なたちだから、その通りにして、匙で掬ひ口にすると、果してうまい。大辛口にも似合ふ。その匙がプラスチックなのは減点だが、まあ、八釜しいことは云ひますまい。

 ゆるゆると呑み、莫迦話に花を咲かせ、御膳を味はふ。藏が運営するお店だから、お酒に適ふ味つけなのが、まことに宜しい。贅沢を云へば、品書きに厚揚げや揚げ出し豆腐が無かつたのは惜しまれる。腰の重いもめん豆腐で仕立ててあれば、きつと恰好の肴になるだらうに。

 御馳走様を云つて利酒処に戻らうといふことになつた。お午を少し過ぎたくらゐの澤乃井園は外國の家族連れで混雑してゐる。観光で來日ではなく、在留してゐるのだらう。もしかすると福生の米軍基地で働いてゐるのかも知れない。利酒処に戻る前に煙草を一本吹かしてゐると、小さな子が持つてゐた水鐵砲が偶々こちらを向いてゐた。ホールド・アップしてみせると、得意気な顔つきになつた。

 利酒処で蒼天を試飲した。蒼天はニューナンブ公式の銘柄である。試さなくても美味いのは知つてゐるが、知つてゐるから試す必要がないとは云へない。

 「さ。問題はこの後ですか」

 「これだけ暑いと、外を歩かうといふ気にもならんですな」

 「同感ですな、まつたくのところ」

可及的速やかさで、昭島へ移動すべしと意見の一致をみた。澤乃井園の賣店でちよつとした買物をした我われは、可及的速やかさをもつて、沢井驛から青梅線の乗客となつた。

784 梯子どんたく~準備篇

 澤乃井に行くには当然、電車を使ふ。

 頴娃君が可及的速やかさで予約してくれた藏の見學は、午前十一時の回だから、そこに合はせなくてはならない。澤乃井に行く為の最寄は、青梅線の沢井驛で、青梅線は本数が少い。先行して時刻表を確める必要がある。わたしの場合、旧國鐵の中野驛が起点になる。

 午前九時十二分發の青梅特快に乗ると、立川を経由して青梅着が十時七分。同十三分青梅發に乗つて、同卅二分に沢井着。十時十三分青梅發を逃すと、次の沢井着は十一時を過ぎる。それは困る。併し青梅特快を使ふと、乗車時間が凡そ一時間になる。お腹がよはくて小用のちかい身としては、青梅驛まで我慢するのは無理な気がする。仮に我慢出來ても、青梅驛の御手洗ひは、好もしい綺麗さではないから、使ふなら立川驛にしたい。

 考への方向を変へると、要は青梅十時十三分發に間に合へばいいのだ。それには立川九時卅六分發(おそらく上述の青梅特快)に乗れればよく、そこ為に八時五十八分の中野發中央特快に乗れば、立川は九時十九分着。これなら御手洗ひを使ふのに、支障は出まい。残るのは八時五十八分發に乗れるかどうかの一点だが、仮に乗り損ねても、中野驛で御手洗ひを使ふ程度の余裕はあるだらうし、青梅特快には間に合ふ筈でもある。安心した。

 

 ダイヤグラムの件は片附いた。

 次はカメラを持つかどうかで、中々に悩ましい。自分で云ふのも何だが、持ち出しても使はない気がされてならない。荷物は少くかるくが望ましい。かと云つて、スマートフォンに任しきつていいのか、と云はれたら、それもちよつとなあと思ふ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に念を押すと、苛立つてゐるのではなく、迷ふのを樂んでゐるので、呆れてもらつてかまはない。

 最初に常用のマイクロフォーサーズから一台、持ち出さうかと思つて、直ぐに却下した。使ふかどうかの可能性に対して嵩張りすぎる。フヰルム・カメラも同様の理由で却下。それに今回は撮影が目的ではないから、持ち出して使はなくても気にならない程度の軽さがいい。さう考へると、GRデジタルⅡが好ましい撰択になりさうだし、確かに申し分もなからうが、あのカメラには生眞面目な雰囲気がある。生眞面目が惡いのではなく、今回のどんたくの主旨からは少々、外れてゐる。カメラの責任でないのは、云ふまでもなからう。

 函を掻き回すと、ニコンのクールピクスS640があつたから驚いた。忘れてゐたんである。簡単に云ふと、五倍の光學ズーム・レンズを搭載したコンパクト・デジタル・カメラ。現代の目で見ると受光素子はごく小さい。その分、筐体もごく小さくて、鞄の隙間にはふり込んでも邪魔にならない。使へば便利だらうし、使はなくても負担を感じはすまい。忘れてゐたのは、記憶の隙間に潜り込んでゐた所為か。ぎりぎりでの変更はあるとして、ひとまづはS640に決めておかう。

 

 カメラの大きさに拘泥したのは、鞄の大きさに結びつく條件だからで、荷物は油断するとすぐに嵩張る。他にも

 着替に靴下。

 タオル。

 煙草。

 スマートフォンやデジタル・カメラの充電器。

 買出し用の袋。

 晝夜兼用のお猪口と夜用の割箸。

 天候によつては折畳み傘。

 傘を除けばどれもこれも大きいわけではないのに、入れてゆくと何故だか鞄が肥る。それは丸太が不器用だからだと云はれたら、まつたくその通りと応じざるを得ない。整理整頓が一種の才能なら、わたしにその持合せはない。

 さて上に挙げたのを分割しつつ纏めるとして、何を使はうか。区切りの附け易さだとドムキ・カメラ・バッグがいいのだが、出來れば使ひたくない。これを持ち出して歩くと、膝が痛くなる。何故だかは解らない。まあドムキが惡いといふより、こちらの歩き方がいかんのだらうと思ふ。思ひはしても、いきなり歩法を修整するわけにはゆかず、デイパックでもトート・バッグでも兎に角、膝や腰が痛くならないことを優先せねばならない。面倒ではあるが、これもまた泊りの樂みのひとつと解釈する方が、あらほましい態度であらう。