閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1059 歯触り

 お馴染みになつた(と自分では思つてゐる)呑み屋で、ホッピー(黑)のお供にと、久し振りに蛸の唐揚げを註文した。鶏の唐揚げも浮んだけれど、お晝がチキンカツだつたから、ここは蛸に任すのが、流れだらうと思つたのである。

 この手帖で以前、蛸の味に就て触れた記憶がある。味はひ云々でなく、歯触りが蛸だとか、書いたんではなかつたか。えらさうだなあ。摘むと果して、これが蛸の味だ、とは感じなかつた。ざくざくした衣と一緒に、軟かいのだか硬いのだか、兎に角蛸の足獨特としか云へない歯触りがあつて、これだなとは思つた。

 鶏とも烏賊ともことなる、この歯触りが蛸とすれば…私にはさう思へる…、唐揚げに仕立てるのが、歯触りを樂むのに最良ではないかと云ひたくなつてくるのだが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は如何だらうか。

1058 リスタート

 手元にはGRⅢとGRデジタルⅡ、それから三台のマイクロフォーサーズ機に四本のレンズがある。銀塩機(KマウントやEFマウント)を足すともつと増え、ひとりで持つには随分な数である。それで偶に、そのカメラ群が残らず無くなり、一から揃へるなら、何にするか知らと考へることがある。

 銀塩は撰ばないだらう。撮る目的に使ふのは六つかしい。ねぢマウントのライカに、無用のアクセサリをあれやこれやと附け外すのが、樂いのは知つてゐるけれど、手すさび以上にならないのは間違ひない。併し撮る目的で一から揃へるとして(この際だから財布の事情には目を瞑り)、何か好もしい機種はあるものか。

 前提として、大きくて重くて嵩張るのは避けたい。となると、ライカ判フルサイズ(叉はそれより巨きなフォーマット)は、ミラーレスも一眼レフも候補から全部外れる。シグマのfp、ソニーのα7C辺りは小振りだぞ、との指摘は正しくもあるのだが、原則的にレンズのサイズは、フォーマットに比例する。よつて総体としては大きく重くなる。こまる。

 機能性能と上の條件の案配を取るなら、APSフォーマットなのだらう。(所謂)上位機種が、さうするのが責務のやうに重くなつてゐるのは、不思議と云ふ他はないとして、撰択肢が広いのは確かだし、有り難くもある。ただ広い筈の撰択肢は、ミラーレスに偏つてゐるのも事實(ペンタックスといふ例外はあるにしても)で、銀塩一眼レフの末期に似た様相と云へなくもないが…批評的な話は止めませう。

 APSフォーマットから撰ぶとして、併し機能性能の比較は殆ど意味がない。少くともこの十年…電池の保ちを考慮すれば五年以内か、それくらゐに發賣された機種なら、何を撰んでも大きな不満は感じまい。要するに必要十分は既に満たされ、熟成されてもゐて、附加価値…スタイリングやブランドはいいが、動画撮影だの各種のエフェクトだの…で他社製は勿論、自社の既存機とも差別化にも熱心なのが、現在のデジタルカメラ事情だと、私は睨んでゐる。叉話が逸れた。

 現状、そのAPSフォーマット機を造つてゐるのは、ペンタックスキヤノンニコン富士フイルムソニーだつたと思ふ。この中でライカ判フルサイズ機を造つてゐないのは、富士フイルム(別枠扱ひで、それより大きなフォーマット機はある)、ミラーレスを造つてゐないのはペンタックス。撰ぶならどちらかがいい。

 気分の問題と承知して云ふと、キヤノンニコンソニーでは、フォーマットの大きさ、發賣時期と階級が一致してゐる風に見える。ペンタックス富士フイルムの場合、その辺りが曖昧或は融通無碍に感じられるのがいい。叉お財布の事情で、型落ちや中古品を買ひ、表向きに"これが気に入つたから贖つた"と云ひ張つても、許されさうに思へる。そんなら、どつちだ。と訊かれたら、この稿では前段の條件に則つて、富士フイルムにする。

 實は富士フイルムのカメラには殆ど、縁がない。買つた記憶があるのは、銀塩コンパクトカメラのティアラと、デジタルの型番を忘れたコンパクト機(乾電池駆動だから、廉価だつたのは確かである)くらゐか。なので印象がごく薄い。

 今はXと呼ぶ機種を展開してゐる。X-Pro、X-T、同Sだつたか。ProとTは同格、SはTの下位互換…ではなからうか。以前はProの下位として、X-Eと同Aがあつたと思ふ。位置附けの正しさは保證しませんよ、為念。Pro系とT系は要するに、ライカ風かニコン風かのちがひ。単純な見た目なら、ニコン…一眼レフを好もしく思ふけれど、富士フイルムのXシリーズはすべてミラーレスである。ミラーレスはペンタプリズムを要しない構造なのに、一眼レフ擬きのスタイリングなのは、どうも気に入らない。

 であれば、ライカ風のPro系が、ミラーレスに似合ひのスタイリングなのだらう。しかしそのProは私の目に、不必要に大きく思へてしまふ。前段の條件を満たさないし、有り体に云つて不恰好。従つて半ば自動的に、X-Eか同Aを(富士フイルムのひとには申し訳ないが)中古で、探さざるを得なくなり、所謂"標準"ズーム附きがいい。大体はこれで撮れる。必要(物慾込)を感じたら、サードパーティ製も含め、単焦点の入手を考へるとして…初心者への助言でよく聞く話をトレースするやうな流れだな。併し一から揃へなほすのが、リスタートを切るのと同じと思へば、奇妙とは云へない。我ながらうまく纏つた。

 

 ここまで書いて最後に念を押すと、私の今の主軸はGRⅢであり、叉気に入りでもある。従つて實際的に考へると、GRⅢの買ひ戻し一択になることは、附けくはへておきたい。

1057 好きな唄の話~カプセル

 念の為に確めたら、平成四年のメジャー・デヴュー、且つ最初のシングルと知つて驚いた。女性だけで構成されたラテン・ビッグ・バンドの先駆け…といふより、令和の今に到るまで、殆ど唯一の存在ではあるまいか。

 

 捨てられることを悟つた女が、過ぎた日々(長かつたのだらうか)を思ひ浮べながら、先手を打つて男に別れ…戀の終りを告げる唄。

 

 こんな風に書くと、哀しく重く、切々と唄ひあげてゐさうにも思へるが、實際はあくまでもかろやかで明るく、哀切はその中に忍ばせてゐる。それは(昭和の)小父さんが好みさうな、悲戀に耐へる健気な女といふより、自立した女…我ながら、厭みな云ひ方だなあ…が、すつと背筋を伸ばした感じ。思ひではその背骨に詰め込まれている。

 

 かういふ唄は、日本の流行歌の文法では、きつと成り立たないと云つていい。

1056 共演競演

 長く續くヒーロー番組を観てゐると、前作叉は旧作の主人公が、ゲストで登場する回がある。『仮面ライダー』で一文字隼人の二號が主役になつた後の、本郷猛一號の再登場が嚆矢と記憶してゐる。それから『帰ってきたウルトラマン』のベムスター回で、ウルトラマンウルトラセブンが、助けにきた場面も叉、印象がふかい。これは日本特撮獨特の手法と思へて…いやそんな話をする積りではなかつた。

 対象がヒーローでなくたつて、新旧の共演乃至競演は、気分が盛上るものなんです。

1055 気取るのも甚だしい

 何の本で目にしたか、日本の料理の供し方は、西洋料理と較べて、器の撰び方が特徴的とあつた。うろ覚えで書くと、西洋人はお皿に珈琲のカップ、ナイフやホークに到るまで、統一的に用意する一方、日本だと複数の焼きもの、漆器を用ゐるさうで、妥当かどうかは兎も角、さういふ比較もあるのかと感心した。

 それで思ふのだが、黑い…も少し曖昧に、色みの深い器を使ふのは、もしかして日本の料理の特徴ではないだらうか。私の経験なんぞ、参考になりやしまいが、洋食屋やちよつとしたレストランで、黑は勿論、群青や深緑のお皿やお椀を目にした記憶がない。優劣の話でないのは当然で、兎にも角にもちがふらしい。

 黑は食卓に相応しくない。と考へるのは大体の場合、正しい。併しそこに何を乗せるか次第で、その食べものが寧ろ引き立つ場合もある。目立たせるのではなく、過ぎる派手やかを落ち着かせ、引き締めると云はうか。西洋式の純白に金の縁のお皿が歌劇の舞台なら、黑いお皿は私に、歌舞伎や能狂言のそれを聯想させる。

 陰翳礼讚を気取るのも甚だしいと、呆れられるだらうか。