閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

379 ハムとソーセイジのベーコンのこと

 我われのご先祖は獸肉を食べる習慣を持たなかつた…少くともその習慣を失つた。それは佛教による殺生きらひが大きな原因である、といふ見立てがある。どこまで本当なのか、はつきりしない。三河土豪の頭領が征夷大将軍位に就いて以降、大つぴらに食べなくなつたのは確實で、あの三百年間、肉食の習慣を持ち續けたのは、薩摩の猛者くらゐではなかつたらうか。裏を返すと大つぴらではなく、食べてはゐた筈で、版画に出てくる“山くぢら”の看板や、菟を鳥と云ひ張つて、一羽二羽と勘定した話、江戸の下屋敷跡からは菟や鶴、狗なぞの骨が出土した話でそれは判る。

 併し獸肉は江戸以前から今に到るまで、我われの食卓で、中心的な役割を果してゐない。これから百年経つても、さうなのではないかと思ふ。もつと云ふと、米が除けられない限り、獸肉が覇権を取るのは不可能であらう。

 殺風景な理由から触れれば、米と獸肉では、養へる数がちがふ。効率のいい植物なんである。更にジャポニカ米は大抵の食べものに適ふ。焼鮭や鰯の煮つけや鯵の乾物だけでなく、ビーフ・シチューでも鴨のオレンジ・ソースでもウィンナ・シュニッツェルでも、米をあはすのは難題とは云へない。すべての食べものはおかずである、とはお米の広告だつたが、これは掛け値無しの眞實だと云つていい。さうなると獸肉への関心が高まらなかつたとしても、ご先祖を責めるわけにはゆかない。米塩に味噌と醤油、後は少しの野菜の切れ端でもあれば、食事が成り立つもの。獸肉が旨いのは知つてゐたらうが

「そんな贅沢は、やつてゐられない。やらなくても腹はふくれる」

といふ程度で、困つたのは直会の時くらゐだつたのではなからうか。詰り佛教が食生活を激変させたとは考へにくい気がする。

 

 意地の惡い見方をすると、小麦に頼り、併し頼りきれない事實が、ヨーロッパ人を牧畜に駆り立てたのではないか。大帝國を築き上げ、(結果的に)ヨーロッパの原型を作つたローマ人…もつと広く地中海人と呼んでもいい…は魚介を好んだといふが、内陸のバルバロイには無理な話(但しブリタニアと呼ばれた英國は、その当時から牡蛎が旨いので知られたといふ)で、だとすると、羊や豚や牛に執着せざるを得ず、またその育て方は、松阪牛のやうに歌を聴かせ、麦酒を与へ、マッサージを欠かさないといつた丁寧には目を瞑り、一匹を大きく、一群を増やすことに集中しもしただらう。それで得られる肉は、三田牛のやうな軟かさとは無縁だつたに決つてゐる。食べる工夫が求められ、また出來るだけ長期の保存に耐える方法も考へざるを得なかつたにちがひない。意地は惡いが、それだからあいつらは、と話が繋がるわけではない。かれらはそれでハムとソーセイジとベーコンを手に入れたのだからね。

 基本的には豚肉の塩藏燻製だから、あからさまに保存食であつた。塩辛くつて堅くつて、まづかつたらうな。念の為に云ふが、まづかつただらうと想像するのは、保存しか考へてゐなかつた頃の味である。ただピレネーやアルプス、スカンジナビアの山塊に住む人びとが、それに満足したとは思へない。腐りにくいぎりぎりの塩の分量、堅くなり過ぎない火の通し方、食べる際の味つけや何をあはせるかまで、試行錯誤が續いたのは疑念の余地が無い。さうせざるを得ない事情があつたのさと云ふのは狭い見方で、我われのご先祖が鯖だの鰊だのを塩や味噌に漬け込んだのも、その部分の骨組みは同じではないか。そこに山塊人ほどの切實さを感じないのは、米の有無のちがひか。

 

 ハムソーセイジベーコンに戻りませう。記憶を遡ると、一ばん古いのは、小學校の給食で出た魚肉ソーセイジで、旨かつたかどうかは丸で覚えてゐない。筆の柄くらゐの太さ。両端が小さな金属の輪つかで括られた、ぴつちりした袋といふのかに入つてゐた。輪つかの辺りに歯を立て、ぐるぐる捻つて千切り、バナナの皮を剥くやうにしながら食べた愉快は覚えてゐる。少くともまづくはなかつたのだらう。尤も魚肉ソーセージをハムソーセイジベーコンの仲間に入れていいのか、議論の余地は残るから省くとすると、次の記憶はマーケットで賣られてゐる薄切りのハムになる。日本ハム伊藤ハムのどちらだつたらうか。同じ薄切りのチーズ(確か雪印)に、薄焼き玉子とレタースとトマトの輪切りとで、朝のトーストに挟んで食べてゐた。残るベーコンは妙な匂ひの食べものといふ印象が記憶にある。当初は旨いとは思はなかつたのだな。今では薄切り厚切りを撰ばず、大の好物で、何が切つ掛けになつたのか、曖昧なのは残念である。たとへばどこかのベーコン・エッグだつだとすれば、改めて食べに行けるかも知れないのに。なし崩しに食べ馴れたとは考へられるし、思ひ出せても結局、何でもなかつた可能性もある。かういふのは曖昧なままにはふり置くのが、あらほましい態度なのでせうな。

 

 かう書いて思ふのは、少年丸太の食べたハムソーセイジベーコンを、ヨーロッパ山塊人に供したら、かれらはどんな顔をするだらう。首を傾げるのは確かとして、苦笑ひを浮べるか、呆れるか、怒りだすか、想像が六づかしい。どう考へても、ハムソーセイジベーコンとは認識されないのはほぼ確實で、下手をすると獸肉に似た何か…日本の少年よ、これは一体なんだい?…で留まることも考へられる。今のわたしがその場にゐれば、この頃の日本人は、獸肉の扱ひが得手ではなかつたのだとか何とか、誤魔化すだらう。誤魔化すと云つても嘘ではない。刻んだ肉を腸に詰込み、或は煙で燻し、また塩漬けを雪原で凍れさせるなど、我われのご先祖は思ひもせず、味噌漬けが精一杯で、その手法は魚や野菜からの転用であつたから。

 實際のところ、日本のハムやソーセイジ、またベーコン作りはわたしが少年だつた遠い昔から、どの程度進んでゐるものか、甚だ疑はしい。畜産自体が貧弱とは思はないが、それは肉そのものを美味くする方向を目指してゐる。そこを非難する積りはないにしても、脂と甘みと軟かさ計りに目を向けるのはどうか知らとは思ふ。内田百閒先生曰く、肉には堅いのと軟かいの、旨いのとまづいのがあつて、それらは別々の要素なのだといふ。その指摘は正しい。更に云へば堅からうが軟かだらうが、まづい肉を無くすことは出來ない。まづい肉を棄てるわけにもゆかない。それでまづい…は棘があるなら、日本人好みの清潔で綺麗な…肉でハムソーセイジベーコンをもつと作ればいいのにと思ふ。かう云ふと叱られさうだが、素材としての獸肉に膠泥せず、獸肉を旨く食べる為の手法(といふ方向に洗練を續けたの)がこれらだと思ふと、寧ろ当然の慾求ではなからうか。いや本気で云ふのですよ、わたしは。

 

 そんならどうしろと云ふのだと苦情が出るのは予測の範囲で、畜産家でも食肉会社でも、或は獸肉を愛好する個人や団体でも、クラッシックな手法で、積極的にハムソーセイジベーコンを作るのを前提にして、その旨い食べ方をどんどん知らせれば宜しい。麦酒では大手が、一種のクラフト・ビアを少量生産し始めてゐて、それで商ひになるのだから、作ること自体は六づかしくないかと思ふ。ハムソーセイジベーコンの場合、麦酒や葡萄酒やお酒、或はごはんにどうあはせるかが肝になるだらう。

 玉子や苦瓜と一緒に炒めませう。

 トマトをくるんで串焼きに。

 うでて焼いて、マスタードと刻み玉葱と酢キヤベツを添へて。

 さういふのが美味いのは知つてゐる。いつでも歓迎したい。それはそれとして、たとへば味噌炊きにしたり、シロップ漬けの果物とあはせたり、酢と組合せたり、旨いのかどうか判らないけれども、兎にも角にも、ちつと試してみるか(面倒も少さうだし)と思はせるメニュ…気障にマリアージュと云ひませうか、クラッシックな手法にそのマリアージュがあつて、ハムソーセイジベーコンの魅力は改めて、際立つてくるのではないだらうか。

 その一方で大皿に茹でソーセージ、焼きソーセイジとハム・エッグに辛子入りのウスター・ソースをどつぷり、その場で削つた生ハム、分厚いベーコンのステイクにはたつぷりのマスタード、山盛りのザワー・クラウトとオリーヴが盛られ、大きなコップに注がれた麦酒と、カラフェの葡萄酒があれば

「おれはこれ以上を求めない。ヨーロッパ山塊人に栄光あれ」

と叫ぶのに躊躇ひはない。さう叫ばせてくれるハムソーセイジベーコンが身近に見当らないのは、我が人生の不幸ではないだらうか。いやこれも本気で云ふのですよ、わたしは。