閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

052 ニコンのカメラを1台撰ぶ

 初めて触つたカメラはコニカだつた。

 次に触つたカメラは富士フイルムだつた。

 初めて買つたカメラはキヤノンで、それからリコー、コンタックスを経て、ニコンに辿り着いたのはその後だつたから、カメラ買ひの遍歴としては、些か妙だと云はれても仕方がない。ニコンを買つたのはF5が噂されてゐた時期で、確か

『F5は35ミリ・フヰルムを止めて、APSを採用し、小型化と軽量化を図る』

といふ話を聞いたからだつた。我ながら軽佻浮薄ですね。撰んだのはF3のハイ・アイポイント。アイレベルとウェイストレベルのファインダと、全面マットのスクリーンを併せて買つて、レンズはAi-Sニッコール35ミリ/F1.4を奢つた。直前に使つてゐたプラナー50ミリ/F1.4に競べて、ニッコールの凄まじいシャープさに一驚を喫したのは忘れ難い。

 それからニコンは色々買つた。順番は覚えてゐないから記憶だけで書き出すと、F2、F4、F-601、F-301、FE(買つた外に譲られたの)、EM、FM10(2回買つた)コンパクト・カメラではAF600と28Ti。デジタル・カメラだとクールピクス2500(家捜ししたら残つてゐる筈だ)、同P60、同P3000、同S01(今は親の手許で使はれてゐる)を買ひ、譲つてもらつたS640は今も現役を張つてゐる。つらつらと並べ立てたが、この稿を書いてゐる現時点で、わたしが使つてゐるニコンはS640だけなんである。フヰルムデジタルを問はなければ何台かカメラはあつて、併しそれには目を瞑り、ニコンを1台撰ぶなら何がいいだらう。

 

 廉価な機種は矢張り避けたい。伝統なのかどうか、ニコンはそつちがひどく下手糞だから。前述のAF600、即ちニコンミニは稀な例外と云つていいけれど、“小さなニコンもあのニコン”といふ社内のえらいひとしか喜ばなかつたらう、最低のキャッチ・フレイズ(確か『ゲゲゲの鬼太郎』の“目玉おやじ”がキャラクタだつた)で、“あのニコン”つて何だよとうんざりした記憶がある。大体ニコンが廉価な機種を出すのは、他社がヒットを飛ばした…たとへばキヤノンAE-1…煽りを受けてからで、さういふ機種はほぼ詰らない。ニコンミニ以外を挙げればEMくらゐなもので、そのEMだつてF3が無ければ成り立たなかつた。

 さうなると中級機より上を撰ぶことになつて、有り体に云へばフラグシップ機が最良となる。現行機種だとD5だつたか。さう思つて確かめたら、F6も現役だつたから、これには驚かされた。發賣は2004年。因みに競合するキヤノンのEOS-1Vは遡つて2000年發賣。こちらも在庫僅少の表示をつけつつ、現役の体を取つてゐる。凄みがあるなあ。フヰルムはもしかして、この2機種が製造を終へるまで命脈を保つ義務を負つてゐるのだらうか。尤も現在の視点に立つて、F6を買はうといふのは(残念ながら)度胸とかさういふ話にもならない。それに現行のフラグシップ機やそれに準ずる格の機種は、どうしてもニッコールでなくてはならない…と思はせる何事かがあつて、ニコンでなければライカにその感じがある。わたしはカメラの純血主義者ではないから、さういつた一種の圧迫が感じられるのはこまる。慌てて念を押すが、純正好みを否定してゐるのではありませんよ。シグマやタムロントキナーコシナもレンズの候補に入れたい気分がこちらには濃厚で、それだと(準)フラグシップ機は撰びにくいといふだけの話。

 

 そこで現行機を除くフヰルム式ならNewFM2が候補になる。スタイリングの目で見ると、歴代のニコンでも最良の1台と云つていい。アクセサリも含めた姿のよさで云へばEMが更に優れてゐる(これはジウジアーロの手柄)んだが、惜しむらくは調子のいい個体を見つけるのが至難なので外す。出來のよさと気らくさを兼ねさせるならF4だらう。些か不細工で、大きすぎ、重すぎるけれど、ニッコールニコンFマウントのレンズを存分に遊び尽くすなら、このカメラになりさうな気がする。いや自動制禦は最小限でかまはないとするならF3も挙げておきたくなる。今の目で見れば何の変哲もない絞り優先自動露光のカメラだが、故障したとかトラブルが起きたとか、そんな話を聞いたことがない。電気系統の不安は残るとしても、おそろしく頑丈なカメラであるのはまちがひない。NewFM2とF4、F3がここで登場したわけだが、それなりの期間を樂しむなら、この中ではNewFM2が最良かと思はれる。黒と銀、それからチタニウム仕上げがあつて、ごく当り前に黒を撰ぶ。何だか詰らないと云はれさうな気もしなくはないが、あくまでも使ふのが前提なので、かうなるのはやむ事を得ない。

 ならデジタル勢はどうだといふ話を續けなくてはならなくて、これがこまる。有り体に云つてあまり興味がないからで、現行機なら何でもいいでせうと投げ遣りな気分を感じなくもない。ただそれだと無愛想にもほどがあるから、ニコンのサイトを確かめてみたら、意外なくらゐのラインアップだつたので一驚を喫した。大別すると35ミリ・フォーマット7機種とAPSフォーマット5機種。旧い世代のが残つてゐるとしても多すぎる。ニコンらしい生眞面目さとも云へなくはないが、これぢやあ取れる筈の採算も取れなくなつて仕舞ふのではないかと老婆心が頭をもたげてくる。それは兎も角、スタイリングは総じて感心しない。はつきり云へば惡い。但し惡いなりに統一されてゐる。例外はDfで、これは正面から見ると、FM系が連想されて中々恰好よく映るのに、如何せん京セラ・コンタックスのAXを思はせる分厚さが致命的である。コンタックスはボディ内で自動焦点を使ふといふ目的があつたから、その肥つた体型にも説得力を感じたけれど、Dfの場合は単にスタイリングの失敗としか思へない。35ミリ・フォーマットの採用が誤りだつたのだな。現行機ではAPSフォーマットのD3400が最小サイズらしいから、これを換骨奪胎してDf2…寧ろEMデジタルか知ら…にしてくれれば、有力な候補になるのだけれど。

 どうも我ながらデジタルニコンには愛想がないと思ふのだが、これはニコンもよくない。爪の先のやうな違ひを大袈裟に並べ立て、どの機種でも

『素晴らしい冩眞を簡単に撮影出來ますよ』

と云はれたつて、信用出來るものか。…いやまあこれはキヤノンでもオリンパスでもパナソニックソニーでも同じだから、ニコンだけを責めてはいけないんだが、この稿はニコンの話だから、ニコンは宜しくないと云つておかう。となるとデジタルニコンは撰べないかと疑問が湧いてくる。併しすつぱり撰べないと云ひにくいのが問題で、先刻スタイリングが感心しない…惡いと云つたのに口ごもつて仕舞ふのは、ニコンといふブランドのなせる業なのだらう。そこで持ち出し易い、詰り軽い機種はどれかを見てみると、これが凄い。500グラム台またはそれより軽い現行機は約450グラムのD3400、約470グラムのD5600しかないんである。D5300もあるがこれは型録機だから除外する。次に軽いのがD7500で、これが約720グラム。思ひ返すとフヰルム式カメラの時代から、ニコンは軽量化に不熱心だつたなあ。ここで慌ててNewFM2はどうだらうと調べると、約540グラムだつた。これなら許容範囲であらう。

 

 ここで改めて候補を眺めるとNewFM2、D5600またはD3400となる。どこからどう考へたつて、これでNewFM2を撰ばないといふ判断にはならないでせう。デジタルニコンは何を撰んでも…たとへD5だつて…買つた瞬間がピークで、後は下がるに任せることになる。現代の目でNewFM2を見ると時代遅れなフヰルム式の、自動露光も自動焦点も使へない、機械制禦のカメラであつて、既に枯れ尽してゐる。といふことは、これ以上古ぼける心配は皆無なのだとも云へる。フヰルムの種類は激減したし、ひどく割高だし、現像やプリントも面倒で仕方がないけれども、フヰルムがあつて現像とプリントが出來る限り、使ひ續けられる安心感は外に替へ難い。撮れる数が限られるのが難点だが、そもそもわたしは速撮りをしないから、気にしなくてもいいだらう。どうしても不安ならその対応としてニコン1の中古に10ミリ・ニッコール(35ミリ換算で大体28ミリ相当)をつけたやつを用意すれば済む。さうなると“1台撰ぶ”趣旨からは外れて仕舞ふが、そこは大目に見てもらひたい。

 ではNewFM2を使ふとして、レンズは果してどうすべきか。ズーム・レンズが最初から候補に入らないのは確實である。ごくごく地味な単焦点レンズがあれば宜しい。現行品で云へば、Ai-S50ミリF1.4ニッコールかAi-S55ミリF2.8マイクロニッコール。35ミリF1.4も現行品にある(これは恐ろしくシャープなレンズである)が、NewFM2には似合はない。このレンズを使ふならF3でなくちやあ格が適はないといふものだ。35ミリのニッコールならF2とかF2.8があつたから、狙ふならこちらにする。或はEM用のシリーズEレンズに用意された50ミリF1.8を探すのも手だらうか。はたまたコシナフォクトレンダー・ウルトロン銘で40ミリF2を出してゐるかゐたかだから、こつちを狙つてもいい。勿論これらを全部手に入れるのは野暮な態度であるから、極力減らす方向で考へると、マイクロニッコールは譲れない。それからもう少し気らくに撮る…詰りボディキャップよろしくつけつ放しにする…のなら、ウルトロンがよささうだ。40ミリと55ミリでは画角が近すぎないかと不安がるひとが出てくるかも知れないが、わたしのささやかな経験で云ふと両者は随分と異なる。些かぼんやりした気持ちの40ミリ(前後の画角)に対して、少し計り集中が求められる55ミリ(くらゐの画角)と申しておきませうか。当り前すぎる上に、花やかさの欠片も感じられないのは認めるとして、応用力で云へば、何10倍だかのズーム・レンズより遥かに高からう。大きくまたは小さく動けば済むだけのことで、ズーム・レンズの利便は大いに理解してはゐる積りだが、NewFM2をその為に使ふのはまつたく勿体ない。我ながら中々整つた名案である。残る問題はこれだと殆どが中古で揃へる…揃へざるを得なくなつて、肝腎のニコンに儲けが届かないことになる。ニコンのえらいひとが眉を顰めるのではないかと不安になつて仕舞ふ。