閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

188 ニッチ

 距離計連動式のカメラは性に適はない。寄つて撮れないのが理由である。特異な構造のレンズを例外にすると、70センチメートルがどうやら限度らしい。50センチメートル未満までは寄れなくては、如何にも物足りない。さうは云つても、距離計連動式の構造による制限だから仕方ない。寄りたいなら、一眼レフにマクロ・レンズを用意するのが筋だよと云はれたらその通りだし、實際わたしが一眼レフを撰ぶのは、そこが大きな理由でもあるのだが、一眼レフはミラーボックスとペンタプリズムの分、重く大きくなる。構造上のちがひだから、良し惡しの話ではない。

 さういふ構造由來の制限は兎も角、見た目の印象で云へば、カメラは距離計連動式の方が軽やかに映る。實際の重量でなく、町なかでのスナップ撮影のやうな素早さから連想される軽さで、一眼レフが自動車なら、オートバイのやうだと譬へればいいか。もう少し考へれば、距離を測り、露光を調へる為の仕組みが簡潔に感じられる点が、見た目の軽やかさに繋がつてゐると思へる。だからライカを持つと、その印象から外れた重量感に驚かされるのだが、その違和感はライカの罪といふより、ライカを操つた寫眞家…たれとは云はないけれど…の責任であらう。

 他の機種と比較して、といふ前提は必要だが、實際に軽い距離計連動式カメラもないわけではなく、コシナのベッサRを代表格に挙げればいい。プラスチックを巧妙に利用した成果である。そのベッサRが参考にした(らしい)カメラがあつて、ライツミノルタCLがそれにあたる。スペックや画像、幾つかの逸話は調べれば直ぐ見つかるから、いちいち触れない。ダブル・ネイムは併し珍しい。ローライ・マミヤ銘で二眼レフを造るやうなものだと書いてみたが、若い讀者諸嬢諸氏はそもそもマミヤを知らないのではないかと不安になつた。マミヤにはレンズ交換式の二眼レフがあつて、ローライに採用されたツァイスでそれを使へたら、一大奇観を呈しただらう。尤も仮に實現しても、レンズは(トキナー製の噂があつた)ローライナー銘になつた可能性もあつて、さういふ渾沌は寧ろ好もしい。話が逸れた。

 何の話だつたか…さう、ライツミノルタCLであつた。厳密に比較をしたわけではないが、おそらくライカのMバヨネット・マウントを採用したカメラではミノルタCLE(参考までに云ふと、ライカ銘以外でMバヨネット・マウントなのは、このCLEだけである)と並んで、最も軽い機種ではないかと思ふ。それでも本体だけで380グラム前後だから、同時期のローライ35(テッサー40ミリを固着したコンパクト・カメラ)とほぼ同じ重さ。ローライ同様40ミリのロッコールを嵌めると、大体500グラムほどになつて、この数値はライカM6本体より60グラム計り軽い。序でに愛用してゐるリコーのXR‐8は本体が410グラム。リケノン45ミリといふ薄つぺらなレンズを嵌めて500グラム足らずだから、ミラーボックスやペンタプリズムのことを考へると、ライツミノルタCLは軽いと云ふより、重くはない程度と云ふ方が正確かも知れない。知れないが、ライカMマウントを採用した距離計連動式カメラで、出來るだけ軽くしたいなら、撰択はほぼ、この1台に限られる。

 ごく短い期間、コシナフォクトレンダーのカラースコパー35ミリをつけて、このカメラを使つた。廉な中古を見つけたからで、内蔵の露光計は動かなかつたが、気にはならなかつた。廉は好もしく、確かに数値より軽やかに感じられた。尤も造りは如何にも、経営が怪しいので費用を抑へましたと云はん計りの安つぽさで、シャッターを切つた時、その震へが掌に伝はるのには苦笑せざるを得なかつた。ならば使ひ勝手が惡かつたかといふと、部品の配置は考へられてゐて、収まりも馴染み具合も宜しかつた。35ミリのフレームは表示されないけれど、ファインダ全体がそれくらゐだつた筈で、カラースコパーを使ふのに不便でもなかつた。

 そんなら何故、短期間の使用で終つたのか。そこは矢張り、造りの惡さにがつかりしたところが大きい。乱暴且つ単純に、ライカらしくない…あの型名はCompact Leicaではなく、Cost‐cut Leicaの省略ではないか…と感じられたくらゐで、この感想は決して大外れではなからうと思ふ。いやもしかすると、些か的外れかも知れない。この稿で話題にしてゐるのはライカCLでなく、ライツミノルタCLだからで、当時のミノルタはSRからXへ、系統の移行(このX系ミノルタが後に、ライカR一眼レフへと移植されるのだが)が始まりつつあつた時期。日本のカメラメーカーとしては、ニコンキヤノンからひとつ、格が落ちる会社だつたと思ふ。熱烈なミノルタファンからは叱られるだらうか。叱られるだらうが、こちらの印象だから勘弁してもらひたい。そして格落ち(のやうに思へる)の銘が入つてゐるなら、小さな衝撃で直ぐ凹みさうな薄いボディも、脆さうな距離計の窓も、なーに、だつてminoltaだもの、さういふものさと許容出來るのではないかと思へてくる。と考へたのは何故だらう。半日ぶらりと撮つて、プリントに出し、それを見ながら飲んだことがあつて、確かにあれは愉快な記憶…気分であつた。これ計りはデジタルカメラでの追体験は無理だし、一眼レフやトラディショナルなMバヨネット・マウントのライカでも六づかしい。距離計連動式のカメラは性に適はないと云ひつつ、ライツミノルタCLが何となく気になる、気になり續けるのには、さういふところに事情が潜んでゐさうにも思はれる。