閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

143 今のところは

 今のところ、本気ではない。

 今のところ、であつて、機会に恵まれれば、本気にしていいとも思つてゐる。

 ライカの話。

 ここで“機会に恵まれれば本気になる”だらうライカは、自分で使ふライカの意味であつて、Ⅰ(c)の0番号なしとか、Ⅲcのルフトワッフェン・アイゲントゥムとか、M3のオリジナルのブラックペイントとか、さういふ投資の対象ではない。だから挙げる機種なり何なりは詰らない筈なので、そんな話は讀んでも仕方がないと思はれれば、さつさとこの手帖から離れる方が、時間を無駄にせず済みますよ。

 さて念押しは出來たから、勝手に話を進めるとしますよ、宜しう御坐んすね。

 先づ最初にフヰルム式かデジタル式かを撰ぶ必要があつて、ここは躊躇なくフヰルム式を採る。ごく簡単に、電気式のライカには、もうひとつ信用が置けないからである。露光計は兎も角(故障しても電池を抜けばいい)、シャッターだと壊れたらどうにもならない。

 この流れでフヰルム式でもシャッターが電気の機種はすべて候補から外れる。M7及びライカR(R6と同6.2は除く)がそれですね。これで候補群はM6以前のライカと、ライカフレックス(オリジナルとSL、SL2)に絞れる。絞れたと云つてもまだまだ機種はあつて、もう少し考へる必要がある。

 絞り込みの條件は“使ふこと”なので、さうなると最初にねぢマウントの機種が落ちる。姿はまつたく好みなのだが、使ひ易さの点で劣る。ここで前言を翻すと、ライカ社には50ミリ・エルマー附きのⅢcやⅢfをモチーフにした小さなデジタルカメラを出してもらひたい。あのスタイルの愛好者は少なくないと思ふんだが。

 話を戻すと、ねぢマウントを外すと、残るマウントはMバヨネットかライカフレックスになるのだが、後者は細かい差異があるし、互換性のあるレンズも少ないから(わたしはライカ乃至ライツ純正主義を採らない)、撰択はMバヨネットの機種からといふことになる。

 叱られるのを覚悟して云ふと、MバヨネットのライカはM3とそれ以外に分けることが出來る。といふより、M3で凝り過ぎた当時のライツ社が大慌てで作つたのがM2で、商ひになる(意地惡く考へれば、M3を凌ぐライカをライツ自身も造れないと解つたのか)M2方式のライカが、オルタナティイヴからメインストリームになつたのは、皮肉を感じなくもない。

 と云ふことは、撰ぶ最初はM3かM3以外となつて、散々頭を悩ました結果、M3以外を採ることにした。ライカのレンズは先づ50ミリだらうと考へると、すりやあM3ではないかとなるのだが、35ミリも使ひたいとなれば話はちがつて、35ミリの眼鏡附きズミクロンなんて不細工なレンズはとても使ひたくない。ああいふのは取敢ず50ミリではなく、50ミリ以外は基本的に使はないひとが、保険の為に持つものである。なので撰ぶのはM2方式と決める。

 M2方式のライカとなると、M4、M5、M6がそのメインストリームであらう。外にM1、MD、MDaとMD‐2、M4‐2、M4‐Pと(一種の)特殊機種であるCLとCLE…これを含めるのは、ライツ・ライカ以外でMバヨネットマウントを採用した、今のところ唯一のカメラだからである。但しこのカメラはM7以前に唯一、電気式シャッターを採用した機種でもあるから、今回の候補には入らない…があつて、簡単に考へるとM6が最良の撰択になる。新しいのが根拠で、新しければメインテナンスに掛かる費用も抑へられる。

 と書くと、熱心なM3愛好家から、シャッターの静かさや鍍金のよさ、ファインダーへの費用の掛け方を思ふと、M6は有り得ないと批判されさうな予感がするが、仮に中古カメラ屋に並んでゐるM3とM6を、そのままの状態で10台づつ比較すれば、直ぐに使へる台数はM6が圧倒するだらうとは疑念の余地がない。廉なM3を買つて、オーヴァホール並の費用を掛けるとしたら、程度のいいM6を買つてお釣りが出る筈で、わたしが云ふのはさういふ話なんである。勿論その方がいいなら、こちらに止める理由は無いけれども。

 併しM6は撰ばない。露光計は要らないし、ブライトフレイムが多過ぎるのも気に入らない…といふのは表向きの理窟で、M4が慾しいからである。何故か、と云ふ前に少し寄り道をして、M1には惹かれるところがある。これはかなり変態(褒め言葉)な機種で、35ミリと50ミリのブライトフレイムが内蔵され、視差も補整出來るくせに、連動する距離計は省略されてゐる。 M2への改造を受付ける前提の設計だつたらしい。かういふ機種は外に例がなく、ファインダーがそのままなら、ブライトフレイムは2種類で、M2やM3よりすつきり使へたと思へる。さういふ個体があれば、手にしてみたいが、流石に無理だらうなあ。

 M4に戻りませう。

 何故慾しいのか。

 Mバヨネットマウントのライカで、スタイルが最も完成された機種、といふのが最初の理由。M5を例外に(ライツ社が最後に試したスタイルの冒険だつた)、以降のMを冠する機種は基本的にこのカメラのシルエットを踏襲してきたし、今もさうである。M5の冒険で失敗してからは、弄りたくても弄れなくなつたと皮肉を云つてもいいが、スタイリングが優れてゐるのは事實だし、そこに改良と称した変更を加へなかつたライツ社…いやライカ社を褒めるのは誤つた態度ではなからう。

 だつたら、M4‐2やM4‐P、そしてM6はどうしていけないのかといふ疑問になりさうで、これには歴とした理由がある。正面から見た時にLEICAまたは型番が刻まれてゐないメインストリームの機種はM4までだから(それ以前ではⅠgに筆記体ロゴタイプと、特殊な例としてM1の盲蓋があつたきり)なんである。要するに見た目の問題だよねと云はれたら、その通りなのだが、その見た目の問題は中々侮れない。ライカに限つたことではなく、手に持ち、肩や首からぶら下げる機械は恰好よくなくちやあ始まらないもの。

 ただこれも表向きと云へば表向きで(無視は出來ないとしても)、もつと莫迦げた理由がある。わたしが慾しいM4は117万番台。ライカの番号表を見ると、M4のほぼ最初のロットに相当すると判る。同時期のライカには外にM2があるけれど、ごく少数(60台くらゐ)だし、ライカフレックスのオリジナルは最初に除外してあるから、M4以外に撰択肢が無いと云つてもいい。それで117番台が何なのかと云へばわたしと同年代で、詰りこれが理由の一ばん大きなところ。いい塩梅に草臥れた個体と同年代の50ミリ・ズミクロンに帆布の頑丈なストラップで使ひたい。

 問題になるのはM4と50ミリ・ズミクロンの組合せだと、否応なしに純潔主義に陥りさうな点。外に何が慾しくなるのかといふと、35ミリのズミクロンと90ミリのエルマリートで、ニッコールもセレナーもコシナフォクトレンダーも、位負けしさうに思ふ。ライカが言葉通りの意味で35ミリカメラの頂点だつた最末期の機種なのだと思へば、ニコンキヤノンコシナの責任ではない。ただそれだとレンズ撰びの点でM4は多少の不便をかこつことになる。

 なのでM4と50ミリ・ズミクロンはそれとして、もう1台かるく使へる“格下の”ライカを用意しておきたくなるのは人情の筈で、これはライツ・ミノルタCLがいい。測光用の腕木が邪魔な難点はある(簡単に外せないものかねえ)が、どこのレンズでも然程の不釣合ひは感じずに済む。ロッコールまたはズミクロンの40ミリは意図的に避け、35ミリか28ミリで何も考へずに撮る。M4は腰を据ゑ、あれこれ考へながら撮る。全部で幾ら掛かるかに目を瞑れば、いい組合せである。それで幾ら掛かるかは、今のところ本気ではないので、不安を感じなくてもかまはない。